面に照りわたって、はめられている格子の敷居ぎわまでつめよって、その格子に顔を押しつけて開くのを待ちかまえていた精神と肉体とがいっせいに解きはなされた。
 そのすべてを押しながすような溢れる心でわたしは一九四六年一月――七月の間に「播州平野」を書き上げた。九月――十一月は「風知草」をかき終った。
 この二つの物語こそ、一九四五年八月十五日以後の新しく生きようとする日本のしののめのうちに響いた人間の甦りの声々であった。
 日本の男も女も何と苦しく抑えられ息さえ胸いっぱいにはつけずに生きて来たことであったろう。戦争が終りファシズムの兇暴な権力がくずれ、そして、治安維持法が消滅したという歴史的な事実。そのように入りくんだ歴史のひだごとに、一人の女、一人の妻、一人の婦人作家としての悲しみとよろこびが折りたたまれて来て、いま解放が来た、ということは、わたしに「風知草」をあのような作品として書かせずにおかなかった。その法律で多くの人の生涯をめちゃめちゃにして来た治安維持法一つが消滅したら、二十六歳の年から十二年間未決におかれ、最後にはいくつものこしらえあげた罪名を蒙らして無期懲役を宣告されていた一人
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