かった。
「己は死ぬ事さえ出来ないと見える」
 うらむ様に云って黒っぽい空を見あげた男がもは力も根もつきはてた様に羽番の間に首を入れた。「己は年をとったと云ってもまだ若い方だ」と思って十月に入ってから瑠璃色にかがやき出した、羽根の色を思った。人間が春と秋とをよろこぶ様に自分達には嬉しい冬が来るのに、たった一人ぽっつんと塀の中に、かこいの中に羽根をきられてこもって居ると云う事は身を切られるよりも辛く思われた。
「このまんま飛び出してしまいたい」
 男がもは稲妻の様に斯う思った、「けれ共――羽根は切られて居る、すぐたべるものにこまって来る」と思うと自分の体を地面にぶっつけてこなこなにしてしまいたいほどに思われた。
「アア、己は呪われて居る、――自分で自分の体をないものにする事はどうしても出来ない……それで居て己は殺してもらう事さえ出来ない。ヘトヘトに世の中のことにつかれはてた時にギラギラと太陽の笑う下にみにくい死骸をさらさなくっちゃあならないものに生れる前からきまって居るんだろうか……」
 鴨は白い目をして自分をむごくばかりとりあつかう天の神様と云うものを見きわめようと思って空を見、木の間
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