。いろんな大きな事は男の方が幸福な事でしょうけど、一日中の暮し方でさえ出来るだけ美しいものにしたいと思ってる私みたいなものは、たった一度でもあのみっともない時代をすごす事は考えるだけでも辛い事ですもの。私の手の形なんかは、いかにも女らしいふくらみをもって育って行って呉れます。そして私の声のおないどしの男の子よりも倍も倍も柔いということも知ってます。
縮緬のシットリした肌ざわり、しっとりとした着物の振りをそろえる時の心地、うすいしなやかな着物のあまったれる様にからまる感じ、なりふりにあんまりかまわない私でさえこれは世の中の皆の男の人に一度はさせてあげたいと思うほどですもの――自分の心の輝きをそっくり色と模様に出した着物を着られますもの、その下には胸毛なんかの一寸もない胸としまったうでとをもってますもの。
そして又私は何のことにでもこまっかくオパアルの様にいろいろに輝いて見て呉れる心をもってますもの。そいで男にまけないだけの事を出来ると思ってますもの。
私はこんな事を思って肌のなめらかな女だって云う事を喜ぶ様になりました。
何にも、今までにない事を見つけ出して自分の女だって云う事をよろこぶんでもなければ只肌の柔いからと云うだけでもないんです。
私は自分の肌の柔さ、色、きめ[#「きめ」に傍点]、そんなものから思いもよらない事を想像させられます。私は自分の声に自分の声以外の何かがあるという事を思わされます。そんな事は男の人にも有るにきまってます。けれ共男が女の人を見て思うのよりも女が男の人を見て思うよりももっとこまっかい色とかおりをもって居る事を私は知ってます。
私は、自分の心の底の底までをさらけ出して居る様で、人に今まで一寸も気のつかれた事のない心をもってます。だから私は世の中の謎? 悪く云えばはっきりしないろくでなしの心かも知れません。けれ共とにかく男よりはもっと細っかい心をもった女に生れたのを嬉しく思ってます。
この頃の私はそう思ってます。気まぐれな御天気やの私の心はまたどう変わるか分りゃしませんが、まるであべこになった自分の心を自分でも不思議の様に思われてこんな事も書いて見たんです。
浅草に行って
その晩私は水色の様な麻の葉の銘仙に鶯茶の市松の羽織を着て匹田の赤い帯をしめて、髪はいつもの様に中央から二つに分けて耳んところでリボンをかけて居ました。紺色のカシミヤの手袋をはめて、白い大きな皮のえり巻をして行ったんでした。
母とmとの間にはさまれて歩きました。
安っぽい絵襖紙を見る様なギラギラした感じのする下びた町すじを母の手にすがりついて物なれない人の様に特別な感じをうけながら――。行きずりのでれついた男達は私の顔をチラッと見ては意味のわからない事を早口に云ったり相手を私の方につきとばしてよこしたりして行くんでした。その中にはまだ私と同い年の位の小供から大人になる境の丁度小供の蛙みたいなととのわないみっともない形と声をもって居る男も交って居ました。そんな男を見るたんびに私は下等なきたない事ばっかりを思い出して一々知らず知らずに眉をひそめて行きすぎたあと一間ばかりは早足に歩いて居ました。
「こんな所にたまにくると嗜味が低くなった様なうすっくらい様なところにひっぱりこまれる様な気持がしますネエ」
私はこんな事も云いました。
人と沢山沢山すれ違って漸く私達は目的にして居たクオ・バディスをして居る活動の前に立ちました。
私は家を出るときから斯うした冬の夜に歩くという事や、始めて活動専門のああいうところに入って見るという好奇心やその映写されるものをうれしがる心等がごっちごっちになって訳のわからない気持になって居たんでしたのに、アア、私はもう一足も進みたくないほど不愉快な気持になってしまいました。
入り口のすぐせっこい段々になって居るって云う事も案内女のいかにも浅草式な赤いかなきんの妙てこなものを着て白粉をコテコテぬって歩くのにみにくい私がはずかしくなる様な曲線をつくって居るのなんかは私の心を涙をこぼさせそうにしてしまいました。
そいでも私達は目をつぶる様にして入りました。内はアノ玉乗なんかの様なきたならしい座布団をしいて座るところでした。三人はせまいところにキチンと座って、半ばから来てよくつづきの分らないフィルムの動き方を見ました。私の囲りはみんな若いやすっぽいかおっつきの男達ばっかりでした。
いきなり座った私を間違った事をしたあとの様な妙なかおをして見て居ました。
その中を私は女王の様なツンとした態度と気持をもって正面をジッと見たっきり囲りのものを私の下におしつけた様な、このフィルムを私一人のために動かさせて居ると云う様な気持になって居ました。
いろいろ道々して居た希望なんかは九分通りまで
前へ
次へ
全22ページ中3ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング