を見、穴の中をのぞいた、けれども神様と云うものらしく思われるものは一寸も見えなかった。
「神さまは天に居ると云う、又自分に宿って居るとも云う、天にいらっしゃるなら今見上げた時に見えそうなものだが――見えなかったと云う事はたしかだ。自分に宿って□[#「□」に「(一字不明)」の注記]いるとしたらあんまりむごい事ばっかりする神様だ――己は左う思いたくない、そうすると神様は死んでしまいなすったものかナ、――神様――妙なものだ、考えても分らない、神さまなんてそんなに有難いものかナア、何にでも幸福を受[#「受」に「(ママ)」の注記]けて下さるものとしたら己だけままっに[#「っに」に「(ママ)」の注記]なったのだが――」
はかなげな溜息をついた。そして茗荷畑からゴソゴソとおき出した。その茗荷畑のすぐ後に城壁の様に青く光ってそびえて居る人間の作った壁と云うものをいかにも根性の悪いような絶えずおびやかされて居る様な気で見上げた。
なにげなくした羽ばたきの音は先が切られてあるんでポツリとした音であった。その音を、不思議な様な様子をしてきいた男がもはしみじみと涙のにじみ出る気持になって又そのまんまそこに座ってしまった。
「ア――」
腹の底からしみ出す様に悲しい心は、口からとび出して斯ういう声になった。
「アア、己は運命と云うものの前にひざまずいて思うままにされなくっちゃあならない体になってしまった。己は、自分から運命を開拓して行く事は出来ない。ほんとうに己は呪われたあわれな一つの動物なんだ――」
あきらめきれないのを無理にあきらめて、男鴨はヨチヨチと立ち上った。同じ庭に養われて居る鶏までこの可哀そうなたった一人ぼっちの鴨をいじめるという事はなしにいじめ、いつもまっ正面からシゲシゲとかおをのぞき込んだあげくにくるりと後をむいてパッと砂をけあびせる様な事をして居た。
かわいいひよっこのする事さえ気弱なウジウジした男がもにはツンツンと体中にこたえた。
「どうしても、だれか殺して呉れるかひとりでに命のなくなるまではどうしても生きて居なくっちゃあならない」
と云う事は、女房をなくしてから、たださえ陰気なのが一層陰気になった男鴨にはたまらなく苦しい事だった。白い目をして天をにらんでは呪われた様な自分の弱い力を思ってイライラして居た。その次の日もその次の日も男鴨は一日も早く自分の生の終るのをまった。
死――斯ういう言葉がこの上なくたのしいなつかしいものに思われるまで「生」という事にあきて来た。毎日毎日あの白い牙をもった動物の自分の生を絶ちに来て呉れるのをまって茗荷畑に朝から日の落ちて小屋にしまわれるまで座って居る。けれ共目ばかりが光った動物は影さえも見せなかった。
今日も男鴨は茗荷畑に座って居る。何にも来ない青く光る□[#「□」に「(一字不明)」の注記]を見あげては自分がまだ生きて居るという事をなさけなく思って居る。ひとりでに命の絶える時が近づいた様に男がもの首はほそくなって居る。
この頃
私はこの頃こんな事を思ってます。大した事ではもとよりなく何にも新しい事でもありゃあしませんが、この頃になって私の心に起った事というだけなんです。
私のまだほんとうの小っぽけな頃はマアどんなに自分が女だという事を情なく思って居た事でしょう。本を一つよめば女だということがうらめしく思われるし、話一つきいたって女というものに生れたのをどんなに情なく思ったでしょう。男でありたい、あの鉄で張りつめた様な強い胸をもった……斯う思って私は髪を切っちまおうとさえ思ったほどですもの。
男でありたい――斯う思ってマアどれ位私は苦しいいやな思いをしたか――
私は自分が女に生れたという不平さに訳もなく女というものをいやに思って悪しざまに云って、自分の女というのを忘れたいとして居ました。そういう時は随分長い間つづいて居ました。女がいやだと云ったって年は立ちますもの。私の指の先には段々ふくらみが出来、うでの白さがまして行きました。そして私は今の年になったんです。今の私の年になってから急にまるであべこべに私は自分が女だった事を割合に感謝する様になりました。何故って――私達とおない年頃の男の子を御らんなさい。妙にがさがさな声を出したりいやに光る眼をもって居たり、あれを見ると私はむかつく様になってしまいます。ほんとうに何ていやな見っともない事なんでしょう。それが女はどうでしょう。
皮膚はうるおいが出て来て、くびがきれいに見える様になりましょう。それで声だってまるであべこべで丸アるいふくらみのある音に響くじゃありませんか。肩の柔かさ、指先の丸み――。女の美くしさはますばっかりですもの。
あれとこれ――あれとこれ――とくらべて私は自分の女だって事を此頃はよろこんで居るんです
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