。いろんな大きな事は男の方が幸福な事でしょうけど、一日中の暮し方でさえ出来るだけ美しいものにしたいと思ってる私みたいなものは、たった一度でもあのみっともない時代をすごす事は考えるだけでも辛い事ですもの。私の手の形なんかは、いかにも女らしいふくらみをもって育って行って呉れます。そして私の声のおないどしの男の子よりも倍も倍も柔いということも知ってます。
 縮緬のシットリした肌ざわり、しっとりとした着物の振りをそろえる時の心地、うすいしなやかな着物のあまったれる様にからまる感じ、なりふりにあんまりかまわない私でさえこれは世の中の皆の男の人に一度はさせてあげたいと思うほどですもの――自分の心の輝きをそっくり色と模様に出した着物を着られますもの、その下には胸毛なんかの一寸もない胸としまったうでとをもってますもの。
 そして又私は何のことにでもこまっかくオパアルの様にいろいろに輝いて見て呉れる心をもってますもの。そいで男にまけないだけの事を出来ると思ってますもの。
 私はこんな事を思って肌のなめらかな女だって云う事を喜ぶ様になりました。
 何にも、今までにない事を見つけ出して自分の女だって云う事をよろこぶんでもなければ只肌の柔いからと云うだけでもないんです。
 私は自分の肌の柔さ、色、きめ[#「きめ」に傍点]、そんなものから思いもよらない事を想像させられます。私は自分の声に自分の声以外の何かがあるという事を思わされます。そんな事は男の人にも有るにきまってます。けれ共男が女の人を見て思うのよりも女が男の人を見て思うよりももっとこまっかい色とかおりをもって居る事を私は知ってます。
 私は、自分の心の底の底までをさらけ出して居る様で、人に今まで一寸も気のつかれた事のない心をもってます。だから私は世の中の謎? 悪く云えばはっきりしないろくでなしの心かも知れません。けれ共とにかく男よりはもっと細っかい心をもった女に生れたのを嬉しく思ってます。
 この頃の私はそう思ってます。気まぐれな御天気やの私の心はまたどう変わるか分りゃしませんが、まるであべこになった自分の心を自分でも不思議の様に思われてこんな事も書いて見たんです。

     浅草に行って

 その晩私は水色の様な麻の葉の銘仙に鶯茶の市松の羽織を着て匹田の赤い帯をしめて、髪はいつもの様に中央から二つに分けて耳んところでリボンをかけて
前へ 次へ
全43ページ中5ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング