立った事はありゃしませんよ、ほんとうに、あんなものは二言目には金なんだから……」
「……」私は一寸何と云っていいか分らなかった。あたり前にお気の毒さまなんかって云うのがいやだったんでだまって居ると、「貴方モデルになって呉れませんか」こんな事を云い出した。
「なったってようござんすワ、だけど私が私の勝手でした風が貴方の気に入ったんならお書きなさりゃあいいわ、毎日でも……わざわざ私の気から出たんでもなくって、貴方の心のまんまの形を作るのはいや……」
「何故?」
「何故って……あれじゃあありませんか、貴方が今私に本を見ていらっしゃいって云ったからってその風をしたって、私の心の中にそんな気分がなければ、形と気分とはなれたものになっちゃあうじゃありませんか。だから私が心ん中から思ってした様子はいくたびしたってまるで気持と形のはなれきったものにはなりませんもの……」
「そいじゃああんた中々そう私の思う通りの風はしないでしょう?」
「そりゃあそうかもしれませんワ、私はどうしても心にない様子や事を云うのは大っきらいなんだからしようがりゃしません」
 私達はてんでんに別な方を見て斯んな事を云って居た。
「私ね、幾年も幾年も一つ家に暮して居たくないんですよ、毎日毎日どっか違ったとこにすまって、まるで違ったものを食って居たいんだが……」
「そうなさいな、いくらだって出来るじゃありませんか、女と違って男ですもの、そんな事は勝手じゃありませんか」
「でもやっぱりひとりじゃあないからそうも出来ないんですよ……」
「そんなら部屋の様子でも一日ごとにかえてたら少しはましでしょう」
「自分でするのが面倒だから……」
「そんなら面倒くさいからこうすりゃあ一番ようござんすワ、貴方のもってるもの、筆でも絵の具でも紙でも絹でも皆んなこの部屋の中にぶちまけちゃって、そんなのにもぐり込んで居れば手にあたるものがみんな違っていいでしょう」
「そうですネー、今もよっぽどそれに近くなってるから……そう云えばまるで違う話だけどこないだ一寸女んなったんですよ、学校の着物をかりてネ、紫の大振袖に緋の長襦袢を着て厚板の帯をお太鼓にしっ[#「しっ」に「(ママ)」の注記]て雨の降る日でした。マントを着て裾をはしょって頭はこのまんまで先生のうちに出かけたんです。門のとこにマントをかけて置いて、蛇の目を深くさして白足袋をはいて『御免
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