ぶちこわされましたけど、たった一つ最後の最も強い望は私の満足するだけ又それ以上なものになって私の前に展がって行って呉れました。
 白百合の様な姿とダイヤの様なかがやかしい貴い気持をもったリジヤ姫、男獅子よりも強い忠僕のウリセス、ラクダの様な猿の様な狐の様な鼻まがりの悪党のチロポンピヤ、ビニチュース、ネロ、ペテロ、そうした人達の間に生れて来る大きな尊い芸術的な悲劇の中に私の心は段々ととけこんでしまいました。
 自我の享楽のためにローマの古いいくたの歴史の生れた市を火にしてその□[#「□」に「(一字不明)」の注記]に薪木からのぼる焔に巨大な頭をかがやかせ高楼の上に黄金の□□□□[#「□□□□」に「(四字分空白)」の注記]の絃をかきならして大悲劇詩人の形をまねて焔の鬨の声とあわれな市民の叫喚の声とをききながら歌うネロの驕った紫の衣冠はどんなにかがやき、その心はうれしさにどんなにふるえただろう、私はそう思ってどうしていいか分らないほどの感じに足の先から頭の先まで波立って居ました。
 この上なく、一寸さわるとはちきれそうにしなった気持、純な感情のどれほど私の顔の上に表れて居るかって云う事は自分でさえ知る事が出来ました。
「あんまり何なら見ない方がいいよ」
 母はこんな事を云うほどでした。
 ざっと四時間ほどの間私は一寸もゆるみのない気持で見て居る事が出来ました。
 一番おしまいのフィルムを巻き終った時もそこを出て道を歩いて居る時も私の心は芸術的なととのった形になって今ここで一声うたい出したら死ぬまでつづけられそうな詩が出来そうな自分の心持の全体が一つものに結晶してしまった様なだれにもさわってもらいたくない気持になって居ました。
 母とmさんは御土産の相談をして居ました。
 母はかなり綺麗な女の居る店で、かわいらしいこんな時ににあわしいお菓子を買いました。
「お父さまにネ」
 こんな事を云って居るのもいかにも柔くやさしく私の心にひびいて来て居ました。
 うすっくらい悪い事の胞子がいっぱいとび散って居る様なまがりっかどの、かどに居る露店のおばあさんのところに先有楽座の美音会の時にあった様なとんだりはねたりや、紙人形やなんか私のすきらしいものばっかり並んで居るのを母は目ざとく見つけて呉れました。
 私はその前に後にそる様ななりをして立ちどまって調和のいい色をした小さいの二つともっと
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