流石に彼女はそれを考えなく軽々と口には出し兼ねた。真木は、彼女が行くと定めたものと思っている。
彼は、彼女ほど、言葉に出して大騒ぎはしないが、それを楽しみに思い、種々空想を描いているだろうことは、ゆき子にも充分察せられた。それを、むざむざと、
「私は参りません」
と云うには、ゆき子は余り良人の心持を知り過ぎていた。彼が、必ず最後には、
「それなら、そうしたら好いだろう」
と云うに違いないから、彼女は、猶それを云わせるに堪えないような心持がしたのである。けれども、或る日、国元へ手紙を書くと云って真木がペンを取あげ、
「それでは、貴女も行くと云ってやっていいね」
と念を押した時、ゆき子は、とっさの決心で、
「さあ……」
と云った。そして、雑誌を読んでいた隣室から、彼の傍に来て坐った。
「――若し、私がおやめにしたら、貴方もおやめになさって?」
ゆき子は、良人の顔を見ながら、静に訊いた。
「止めようというの?」
「今度だけは、そうして見たらどうかと思うの。――でも、若し、貴方までお止めになさるなら……」
「僕までやめるには及ぶまいが――どうしたんだね、急に」
ゆき子は、彼女が理由とする
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