そうになりながらペンを捨ててしまった。
「!……」
今日まで半年の間、ゆき子はこの恐ろしい失望に面して来たのだ。「精神が稀薄なのか。持ち越す精力が足りないのか? 結婚するまでは、なかったことだ。自分は真木を得ると一緒に、この致命的な悪癖とまで婚姻してしまったのだろうか」特に、その朝は、前触れの気持が素晴らしかっただけ、希望が大きかっただけ、彼女の顛落は堪え難いものであった。
苦しさに充血したような彼女の眼前には、最も無表情な瞬間の真木の顔が、この上ない煩しさで浮んで、消えた。隣からは、ふざけ散した女の笑声がする――ゆき子は、今にも体がブスッ! と煙を立ててはち切れそうな自暴を感じた。
瞳には漠然と、昼近い何処やら厨房の匂のする日向の外景を見つめながら、彼女の暗くなった頭のうちでは嵐のように自分の結婚生活に対する疑が渦を巻いた。どの位、時間が過ぎたろう……。
不意に、背後で襖の開く音がした。ゆき子は、思わずはっとして我に還り、いそいで顔を振向けた。
彼女は、こんな気分の時、誰の声も聞きたくなかった。若し、妹か女中だったら、何より「後にして頂戴」と云おうとしたのであった。が、短い
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