ネス》が感じられるのである。
一
真木は、市内の或る大学に教鞭を採っている文学士であった。
故郷は、若狭に近い裏日本にある。そこでは、老齢な父親が、長兄の家族と共に、祖先伝来の、殆ど骨董めいた田地を擁して、安穏な余生を送っていた。
平常は忙しく、ゆっくり手紙を書く気分のゆとりすら持たない彼は、丁度学年の更り目にある僅の休暇を利用して、半年振の帰省をしたのである。
始めは、勿論ゆき子も同道するつもりでいた。結婚後、二年と経たない彼女は、未だ一度しか良人の故郷を見たことがない。のみならず仏教が非常に熾《さかん》なその地方の生活は、一種独特な興味で、ゆき子の心も牽《ひ》いていた。
東北の或る地方に生父の故郷を持つ関係から、今まで、田舎といえば曠野の中に散在する開墾地ばかりを見て来た彼女にとって、古風な細道や白壁を持ち、村役場の訓示まで、
「時間を励行すべし、仏智に適う」
などという風に書かれる城下村の日常は、全く、珍しかったのである。
また、風景の点からいっても、決して悪い場所ではない。白山山脈の鬱蒼とした起伏や、夕方日が沈むと、五位鷺の鳴く群青色の山峡から夢
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