オないわ。芝居はやめ! お友達か? そうでないか? それっきりよ。
谷  奥平さんの存在を、直ぐ頭に持って来るから、あなたはそうむきになるんだ。そうでなく、深く、冷静に、人間の感情生活ということを考えて――抑制と爆発は、決して別々なものじゃあない。いつか……
みさ子 貴方――貴方は、私のしんの心持が解った積りでいらっしゃるの?(静かに、寂しそうに)若しそうだったら、大違いよ。奥平さえ解ってくれないんですもの。私位の年の女が、一旦可愛いと思ったらその人のためにどれほど全心を集注させるか、そのために歓び悲しむか、大抵の男の人になんか、わからないんだと思うわ。選択以上なのよ。たった一人っきりなの。見限って棄てられる愛なんか、まるで、まるで遊びだわ。よかろうが、悪かろうが、その人の可愛い自分の心を、どうしようもないから、苦しむのじゃあないの?
谷  そういう心持も、僕は時間と程度の問題だと思うな。人間が愛されずに生きて行かれますか? まして、あなたのように暖い、愛されたい人が。
みさ子 谷さん! それだけで、もう貴方が、どんなに私から遠い人だかがわかってよ。どうして、私が求めても得られないで苦しんでいる愛を、そう惨酷に摘発なさるの?
――もうおやめなさい。――お友達にしたって、変な、いやな気持になってしまうじゃないの。
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みさ子、歩きかける。
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谷  まるで子供扱いでは、僕も云いようがなくなります。然し――みさ子さん、これだけは云わせて下さい。愛には、勿論、種々様々な形と内容とがありましょう。けれども、結局、鳴らぬ笛は、鳴らぬ笛なのです。――(腰架《ベンチ》から立つ。)それでは、裏へ行って見ますか?
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みさ子、黙って先に立って行く。
殆ど、入れ違いに、下手から、英一、奥平、低声に話しながら出て来る。
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英一 (圧えた声調で)――実際、僕としてこういうことを云うのは苦痛です。一方では、谷との友情を裏切ることになるし、また、貴方に対しては、そんな責任のない交際を始めさせたという点で。けれども、貴方が、僕にかけていて下さる信頼を思うと、つい黙っていられなくなったのです。
奥平 (陰鬱に)いや、有難う。御厚意は感謝します。
英一 (奥平を偸見《ぬすみみ》)けれども、くれぐれ、僕の申上た点を誤
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