さえる政策のために、明日死ぬかもしれないその夜の家信でさえ、無事奉公しています、とより書かされなかった。自分の感懐を、自分のものとして肯定する能力さえ奪われてきた。
 今日、ある程度文学的業績をかさねた作家を見ると、ほとんど四十歳前後の人々である。それからあとにつづく、より若い、より未熟ではあるが前途の洋々とした作家というものの層は、空白となっている。このことは、とりもなおさず、過去の文学の休止符はどの辺でうたれたかというきびしい現実を示す一方、この数年の間、日本の民衆生活内部にある若々しく貴重な創造力が、どれほど徹底的に圧殺されてきたかということを証明している。
 作家たちは、自分たちの生きている意義として、今日、真率な情熱で、自分がかつてとり逃した覚えがあるならば、その人生的モメントをふたたび捉えなおし、抑圧されてきた人民の苦き諸経験の一つとしてしっかり社会の歴史の上につかみ、そのことで生活と文学との一歩前進した再出発を可能としなければならない。民主なる文学ということは、私たち一人一人が、社会と自分との歴史のより事理にかなった発展のために献身し、世界歴史の必然な働きをごまかすことな
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