湧いて来るように感じるのである。
 素直なお恵さんは、この刺戟一つに対しても、お幾の友情を徳とした。
 彼女は、心から、
「ありがとう。私も確かりしますわ。本当に、自分の心ほど、自分で判るようで判らないものはないのですものね」
と云った。
「私も、せいぜい元気になりますよ」
 二人は、笑顔を見合わせた。
「そうですとも。私だって、出来ることなら、この体の半分も、あなたに足してあげたい位に思っているのですもの」
 自分の言葉が、快よく受け入れられた歓びで、お幾の血色よい顔は、一層つやつやと輝くように見えた。
 彼女は、気軽な滑稽を云いながら、淑子や女中を集めて、御持参の鮨の折を開いた。

 それから間もない或る朝のことであった。
 お恵さんは、いつものように、手軽な朝飯を終ると、身仕度をし、自分で夜来閉された門を開いて家を出た。ひどく靄《もや》の濃い朝である。
 ひっそりした午前六時過の天地は、一面、乳白色の、少しきな臭いような靄に包まれ、次第に昇る朝日に暖められた大気が、水のように身辺を流動する。
 奥には溶けるような薔薇色の輝やきを罩《こ》め、稀な人影を、ぼんやり黒く浮上らせる往来の
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