る。
処女時代を、相当に高い教育で鍛えられて来た友達は、皆、半ばの揶揄《やゆ》と好奇心とに動かされながら、柄にもない信心に没頭し始めたお幾の行動を注目していた。そして、何かの折に彼女を中心として、例の信仰談に花が咲くと、いつとなく揃ってしめし合わせでもしたように熱烈なお幾の雄弁を、すらりすらりと除けながら、最後にはきっと、
「けれどもねお幾さん。私共には到底そんな信心深い心は持てないのですよ、そんなに有難い神様なら、あなた何故お恵さんを真先に信仰させてお上げにならないの?」
という一句で、止《とどめ》を刺すのが常であった。この一句さえ出れば、どんなに気負っていたお幾も気の毒なほど俄に悄然として、
「ほんとにねえ……」
と云ったまま、もう決して二度とその鋭鋒を現さない。そのこつを、皆はすっかり飲み込んでいたのである。然し誰一人、何故それほどお幾がそれを云われさえすると落胆するのか、理由は知らなかった。恵子とは子供の時分から中年になった今日まで一言「お仲よし」と云いさえすれば、あああの方達のことかと解るほど有名な仲よしで通って来た。そのお幾が、皆を辟易させるほどの真剣さを以ても、なお、第
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