ぬらしく云った。
「ね石川さん、そうですわね、あなただって親類になってくれるでしょう? 二人っきりでねえ、私と幸坊とねえ、財産はあるんですものねえ……」
そのように親類になってくれと懇願されている者は、電燈会社の集金人であった。石川は台所へ上って、
「奥さん、あの人には私から親類になるようによく話しますからね、一先ずこんな物はしまって置きましょう」
と云った。
「親類になるまでに無くなるといけませんからね」
彼女は子供のように石川の後に跟《つ》いて台所と部屋との間を往復した。
「じゃその指環は、右の引出しに入れて下さい。――でもねえ石川さん、あの人本当に明日来てくれるでしょうね、親類になってくれなかったら、私どうしたらいいだろうねえ」
「大丈夫ですよ奥さん。――さあよく見ていて下さい。おい、お君どんも来て。――この株券と帳面はここですよ、この黒い袱紗《ふくさ》の中です、わかりますか」
奥さんは縞お召の羽織の袖を左右から胸の前で掻き合わせ、立ったまま合点合点をしていたが、急に、
「あら大変だ、ね、石川さん、あのダイヤの帯留ね、どこへ行っちゃったかしら」
膝を突くなり、がむしゃらに小箪笥の引出しを引くるかえした。
「ああ私あれをなくしちゃ大変なんですよ、あれがないと私――どうしたろう。ここにしまいやしなかったかしら」
彼女は俄に心配し始めた。石川は、
「これですよ、ここに在りますよ、奥さん」
と手に押しつけて持たした。
「まあ、有難う。――ねえ石川さん、あなた本当に今日から親類になって、いろいろ相談にも乗って下さいね。――瀧ややお君はもうなってくれたの。……ねえ」
原宿の計らいで看護婦が雇われて来た。奥さんは長火鉢の前に坐って、
「まあどうしてこんなにお人形が入っているんだろう」
と、眼の力が人間以上になったように灰の中にあるどんな小さい燼《もえさし》の破片でも見付け出した。
「ほら、またここに――お人形さんですよ、お人形さん」
手当り次第傍の湯呑の中に入れる。
「おや、あの壁にもついている――そう云えば……君や、一寸おいで」
大柄な、手など薄赤くさっぱりした看護婦が、
「何か御用ですか、私が致しましょう」
と云った。
「いいえね、さっき手水《ちょうず》に行ったとき、あすこに大きなお人形さんがいたのを思い出してね、君や、おいでよ」
奥さんは幾時間でも
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