いていないのだが、やりかたに何とも云えぬ冷酷鋭利なところがあって、家康は手放しては使いたくない人物だという危険を感じている。その家康の心を知った佐橋は、「ふんと鼻から息を漏して軽く頷いて」つと座を起って退出したなり逐電したのであった。
岩波文庫本の解説で、斎藤茂吉氏は「甚五郎という人物はやはり鴎外好みの一人と謂って好いであろう」と云っておられるが、鴎外はこの佐橋の生涯の行きかた、それへの家康の忘れない戒心というものを、只、好みの人物という視点から扱ったのだろうか。
阿部彌一右衛門は、人間の性格的相剋を主従という封建の垣のうちに日夜まむきに犇《ひし》めきとおして遂に、悲劇的終焉を迎えたが、佐橋は君主である家康が己《おのれ》に気を許さぬ本心を知ったとき、恐ろしく冷やかな判断で、そのように狭くやがては己が身の上に落ちかかって来るに相異ない封建の垣を我から一飛びに飛び越して逐電した。鴎外はこの性格の対照、君臣のしきたりに対する態度の対照を面白いと思って佐橋甚五郎という短篇を書いたと思われる。
佐橋と阿部とは生きかたに於て正反対であるけれども、それはやはり飽く迄性格的なものとして見られてい
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