得ないで、一年ののちには更に社会的に、その社会を客観する意味で歴史的に、殉死というテーマをくりかえし発展させて省察している点は、後代からも関心をもって観察せられるべきであろうと思う。
「阿部一族」を鴎外自身、殉死小説と日記に書いているのだそうだが、この作品は決して単純にその一面だけに主点のおかれた内容ではない。鴎外はこの作品において、封建時代の武士のモラル、生活感情のなかで殉死の許可の有る無しはどのような社会的評価と見られる習慣であったか、殉死を許す主君の心理に、経済事情に迄及ぶどんな現実的な臣下への考慮もふくまれたかということなどを、殉死を許されなかった阿部一族の悲劇をとおして、規模大きく描き出しているのである。作品の縦糸としては、細川忠利と家臣阿部彌一右衛門との間にある永年の感情的なしこりが、性格と性格との間に生じるさけがたい共感と反撥の姿として周密にとりあげられている。細川忠利は、初めは只なんとなく彌一右衛門の云うことをすらりときけない心持で暮していたのだが、後には、彌一右衛門が意地で落度なく勤めるのを知って憎悪を感じるようになって来た。しかし、聰明な忠利は、憎いとは思いながら、
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