史的素材へ向う各作家の態度のうちに含まれていたということは、歴史的文学のこととして今日私たちに実に教うるものが多い点だと思う。
「地獄変」「戯作三昧」にしろ、芥川龍之介が王朝の画匠や曲亭馬琴を主人公としてその作を書いたのは、決して所謂歴史小説を書こうためではなかった。人物と時代とを過去にかりて、テーマは作者自身の現実生活に横わっている芸術上の勇猛心を描こうと試みたものであり、或は文学における芸術性と社会性との問題についての疑いを語ろうとしたものであった。テーマは作者の主観において極めて生々しいものであり、当時の日本の文学の諸相との関係では、文学論議の中心課題をなした問題であるという客観的な重要さも持っていた。芥川龍之介は、それらのテーマを何故、殊更絵巻風の色調に「地獄変」として書かなければならず、侘びの加った晩年の馬琴の述懐として行燈とともに描き出されなければならなかったのだろうか。
芥川龍之介という作家は、都会人的な複雑な自身の環境から、その生い立ちとともに与えられた資質や一種の美的姿勢や敏感さから、それらのテーマが主観のうちに重大であり、客観的に注目をひくものであればあるだけ、い
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