化の課題が一九三二年の大会で決定されたことは、正しかった。われわれはわれわれの革命的作品によって反動文学を克服し、サークルその他同盟の組織活動によって敵の文化組織を撃破し得るはずであった。
 しかし、それはうまく行っていない。急速に変化した情勢は現在サークル活動の理解の立てなおしを要求している。創作においてもわれわれがプロレタリア作家として互に要求しているだけ雄大で高度で、かついきいきとしたプロレタリアートの生活描写において大衆をすいよせるような作品は出ておらぬ。
 だからといって作家同盟の方向が根本的に誤っているとか、または林房雄の憫然たるアナーキー性の爆発的言辞を引用すれば「鎌倉に引込んだ僕の方がプロレタリア的仕事をするから見ていろ」などというに至っては、すでに論外である。
 真にプロレタリアートの立場に立ち、戦闘的マルキシストの目で発展の本質を理解すれば、われわれの当面する矛盾こそ発展の最大のモメントとして現れていることを理解するのである。
 たとえばブルジョア文学批評家は、自分がもとのように次々と小説を書かぬことについて過去二年間しばしばこういう文句を繰返した。「中條百合子は小説が書けなくなった。作家同盟なんぞへ入って、柄にもない部署につかされ、追い立てられているから、才能をついにドブにすてた」と。だが、自分をそれらの言葉で苦しめ、傷けることは全く不可能であった。なぜならば、ブルジョア・インテリゲンチア作家としての発展の必然としてプロレタリア文学運動に参加した自分は、すでに質において真の作家としての発展の可能性をとらえた。また、過去のすべての文化的蓄積を最も革命的に利用し得るよう自身を鍛え洗われたものとし、世界観の隅々までをプロレタリアに組織するためには、先ず、文化啓蒙活動をとおしてあらゆる機会に勤労大衆と接触しその一員となることこそ、正しい第一歩であることは明らかであるからである。
 ここに、一本のステッキがある。ブルジョア作家はそれについて何を実感するであろうか。そのステッキの外見の瀟洒さ。流行。キッドの手套。キャデラック。又は半ズボンと共に郊外の散歩。あるいは忽然として、自分のわきに細い眉毛を描いて立つ洋装の女を思い出すかもしれない。自分は、今ステッキを見てそのような種類のことは思えない。何ともいえぬ肉体的憎悪をもってそれを見る。直接な敵を感じる。野蛮
前へ 次へ
全16ページ中14ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング