げ、向きをかえて編みつづけようと、朝子が椅子の上で、少し胸を伸ばした。そのはずみを捕えたように、
「あなたは変ってるね」
大平が云った。
「あなた、本当にまた細君になる気持はないんですか」
「あなたはいかが?」
「ふーむ」
大平はうなって、然しはっきり云った。
「ないな」
よほど間を置いて、
「それが、だが自然なんだろうな、一方から云えば」
大平は椅子の腕木に片肘をつき、その上へ頬杖をついていた姿勢を改めて、腕組みをした。彼はそのままやや久しく沈吟していたが、急のその顔を朝子の方へ向け、
「まさか発菩提心という訳じゃありますまいね」
「そんなことありゃしないわ。ただ……」
「なに?」
「……私の心持ん中で、もう結婚生活、すっかり完結《コムプリート》した気がするのよ。また、同じことを別にして見たいと思わないだけ」
彼等は、幸子の邪魔にならないように、初めっから小声で話していたが、このとき、朝子は異様な閃光が、大平と自分との低い、切れ切れな会話の内に生じているのを感じた。変に心を貫通する苦しい心持で、彼女は身動き出来なかった。大平は、一層低い声で、正面を見据えたまま、やっと聞える
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