だ」
「ほら、朝っぺ! うまいぞうまいぞ」
などというそれ等の言葉は、本気とも冗談ともとれた。
「なんて負けず嫌いなの。二人とも?」
「ああ、女の執念ですからね」
 大平が、行き悩んで駒で盤の上を叩きながら云った。
「対手にとって不足はないが、と。……どうも詰っちゃったな。朝子さん、何とかなりますまいかね」
「相互扶助を忘れた結果だから、さあそうして当分もがもがしていらっしゃい」
 この桃畑の家を見つけたのは大平であった。幸子はそれまで小日向《こびなた》の方にいた。朝子は一年半程前に夫を失い、河田町の生家に暮していた。幸子と二人で家を持つと決ったとき、大平は、
「よし……家探しは僕が引受けてあげましょう。どうせ学校のまわりだろう? そんならお手のもんだ」
と云った。
「隣りへ空いたなんて云って来たって行きませんよ、五月蠅くてしようがありゃしない」
 すると、まだ四五遍しか会っていなかった朝子を顧み、大平は、敏感な顔面筋肉の間から、濃やかな艶のある、右と左と少しちんばなような、印象的な眼で笑いかけた。
「念を押すところが未だしも愛すべきですね。『姦《かしま》し』に一つ足りないなんてもの、
前へ 次へ
全57ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング