己主義者であった。相原を食客に置いた時分から、十年近く、そういう気質の違いや、共通の利害が諸戸にとって微妙な心理的魅力であると見え、少なくとも表面、相原は不思議な感化を諸戸に持っているのであった。
彼等はトランプをしたり、朝子が最近買ったフランスの画集を観たりして、十一時近く帰った。玄関へ送って出ながら、朝子は冗談にまぎらして云った。
「まあ、なるたけお家騒動へは嘴を入れないことね。私共の時代の仕事じゃないわ」
六
朝子が、買物に出ようとして玄関に立っていた。日曜であった。そこへ大平が来た。
「――出かけるんですか」
彼は洋杖《ステッキ》をついたまま、薄すり緑がかって黄色いセルを着た朝子の姿を見上げた。
「一人?――もう一本は?」
幸子と自分のことを、朝子は神酒徳利と綽名していた。
「本とお話中でございます。――でも直ぐかえりますから、どうぞ……お幸さん道楽の方らしいから大丈夫よ」
朝子は草履をはき、三和土《たたき》へ下りて、
「さ」
大平と入れ換わるようにした。
「――どの辺まで行くんです」
「ついそこ――文房具やへ行くの」
「いい天気だから、じゃ私も一緒に行こうかな」
「そう?――」
そこに女中がいた。頭越しに朝子は大きな声で、
「ちょっと」
と幸子を呼んだ。
「大平さんがいらっしゃってよ。ここまで来て」
「何さわいでいるのさ」
幸子が出て来た。
「どうも声がそうらしいと思った」
「大平さんも外お歩きになるんですって。あなたも来ないこと? 少し遠くまで行って見ましょうよ」
「来給え、来給え、本は夜読める」
「本当にいい天気だな」
幸子は、瞳をせばめ、花の終りかけた萩の上の斑らな日光を眺めていたが、
「まあ、二人で行っといで」
と云った。
「外もいいだろうが、障子んなかで本よんでる心持もなかなか今日はわるくない」
大平と連立ち、朝子は暫くごたごたした町並の間を抜け、やがて雑司ケ谷墓地の横へ出た。秋はことに晴れやかな墓地の彼方に、色づいた櫟《くぬぎ》の梢が空高く連っているのが見えた。線香と菊の香がほんのり彼等の歩いている往来まで漂った。石屋の鑿《のみ》の音がした。
彼等は、電車通りの文房具屋で買物をし、菓子屋へよってから、ぶらぶら家へ向った。
「――十月こそ秋ね……お幸さんも来ればよかったのに」
「住まずに考えると、ちょいとごみごみしているようで、小石川のこちら側、なかなか散歩するところがあるでしょう」
「古い木があるのもいいのよ」
大平は、やがて、
「このまんま戻るの、何だか惜しいなあ」
と、往来で立ち止った。
「どうです、ずうっと鬼子母神の方へでも行って見ませんか」
「そうね――そして、またあのお蕎麦《そば》たべる?」
去年の秋、幸子と三人づれで鬼子母神の方を歩き、近所の通りで、舌の曲る程辛い蕎麦をたべた。
「ハッハッハッ、よほど閉口したと見えて、よく覚えてるな――本当に行きませんか。さもなけりゃ、私んところへこのまま行っちゃって、御馳走をあなたに工面して貰ってから幸子君を呼ぶんだ」
その思いつきは朝子を誘った。
「その方が増しらしいわ……でも、お幸さん心配することね」
「なあにいいさ! 本読ましとけ。――心配させるのも面白いや」
「――ここにいりゃ何でもないのに」
「いたら、まいてやる」
大平は、いやに本気にそれを云った。
朝子は、家の方へ再び歩き出した。大平も、自分の覚えず強く発した語気に打たれたように暫く口をつぐんで歩いた。
桃畑の角を曲ったら、門の前を往ったり来たりしている幸子の姿が見えた。朝子は、その姿を遠くから見た瞬間、自分達が真直ぐ還って来たことを心からよろこんだ。
「お待ち遠さま」
「何だ! それっくらいなら一緒に来りゃいいのに」
大平が渋いように笑った。
「君が案じるって、敢然と僕の誘惑を拒けたよ」
「ふうん」
先立って門を入りながら、幸子は、気よく、少し極りわるそうに首をすくめ、
「――今どこいら歩いているだろうと思ってたら、自分も出たくなっちゃった」
茶を飲みながら、朝子は大平が往来で提議したことを話した。
「――頼みんならない従兄よ、あなたがいれば、まいちゃうっておっしゃるんだから」
「そうさ、素介という男はそういう男なの、どうせ。――アッペルバッハが、ちゃんと書いている」
幸子は、さっぱりした気質と、その気質に適した学問の力とで釣合よく落つきの出来た眼差しで朝子と素介とを見較べながら云った。
「従兄の悲しさに、あんたも私も、どうもサディストの型《タイプ》に属するらしいね。アッペルバッハの新しい性格分類法で行くと。だから、マゾヒストの型で徳性の高い朝っぺさんにおって貰って調和よろしいという訳さ。私なんか、同じサディストでも、徳性が高いから
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