部の富貴子であった。
「来てらしたの? この汽車?」
 富貴子は、ずば抜けて背の高い肩の間へ、首をちぢめるような恰好をした。
「母の名代を仰せ付かっちゃったの」
 車寄せへ出ると、
「あなた、真直ぐおかえり?」
 洒落《しゃれ》た紙入れを持ったクリーム色の手套のかげで、時間を見ながら富貴子が訊いた。
「――何だかこのまんまお別れするの厭ね、……銀座抜けましょうか」
「私かまわないけれど――いいの? あなたんところの小さい方」
「いいのよ」
 富貴子は朝子の手を引っぱって歩き出した。
「名代してやったんですもの、暫く位いいお祖母ちゃんになってくれたっていいわ。こんな折でもないと、私なんぞ、哀れよ。身軽にのし出すことも出来ないんですもの」
 夫が外遊中で、富貴子は二人の子供と実家に暮しているのであった。
 先刻は幸子と新橋の方から来た、同じ通りを逆の方向から、今度は富貴子と歩いた。富貴子は、
「あ、ちょっと待って頂戴」
と云って、途中で子供のために手土産を買った。そうかと思うと、呉服屋の陳列台の間を、ペーブメントの連続かなどのようにぐるりと通りぬけたりした。朝子は女学校時代のまんまの気持で、ずっと母となった富貴子の態度に、好意を感じた。糸屋の飾窓に、毛糸衣裳をつけた針金人形が幾つも並んでいた。朝子はその前へ立ち止った。
「ちょっと――いらないの?」
「なあに――まさか!」
 二人は、珈琲《コーヒー》を飲みによった。友達の噂のまま、
「結局一番いいのは、あなたなのよ、朝子さん」
 断定を下すように富貴子が云った。
「私みたいに一時預け、全く閉口。預ってる手前っていうわけか、いやに遠廻しの監視つきなんですもの」
「それも、もう十月の辛抱でしょう!」
 顎をひき、上眼を使うようにして合点したが、富貴子は急に顔を耀かせ、
「そりゃそうと、あなたの方、どうなのよその後」
と云った。
「何が」
「いやなひと! 相変らず?」
「相変らずよ」
「――うそ!」
「どうして? 私はあなたと違って正直に生れついているのよ」
「だって……ああ、じゃあ、そうなの、やっぱりあなたは偉いわね」
 およそその意味が想像され、朝子はぼんやり苦笑を浮べた。すると、云った方の当人が、今度はそれを感違いし、意外らしく、胸まで卓子《テーブル》の上へのり出して、逆に、
「――そう?――大道無門?」
と小声で念を押
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