とにかく、相当教育のある連中が、脛かじりを名誉としなくなったんだからなあ。青年時代の熱情には、経済観念が、全然なかった。今の令嬢は、独立イクォル経済的自立と、きっちり結びつけているんだから油断ならない」
そして、彼は持ち前の、ちんばな、印象的な眼で、
「ここにも現に一人いらっしゃるが……」
と、朝子の顔を見て笑った。
「同じ判こをついて廻す帳面でも、中に、例えばまあ、あさ子なんて小さい印があるとちょっと悪くないな」
幾分照れ、朝子は、
「じゃ、私女学校の先生に世話して上げるわ」
と云った。
「そうしたら、右も左もボンヌ・ファム(美人)ばかりよ」
大平は、直ぐそれをもじって、皮肉に、
「ボーン・ファーム(骨ごわ)?」
と訊き返した。
朝子は、別に笑いもせず大平の顔をみていたが、やがて云い出して、
「ね、お幸さん、どう? 私この頃懐疑論よ。働く女のひとについて。女権拡張家みたいに呑気《のんき》に考えていられなくなったわ」
「ふうむ」
「自分の職業なら職業が、人生のどんな部分へ、どんな工合に結びついているか、もう少し探究的でなけりゃ嘘なんじゃないのかしら。ただ給料がとれていればいい、厭んなったらその職業すてるだけだ。それじゃ、つまり女も男なみに擦れて、而も、彼等より不熟練で半人前だというのが落ちなんじゃないの」
「女性文化なんてことは、そこが出発点だね」
大平が言葉を挾んだ。
「然しね」幸子が寧ろ大平に向って云った。
「女性文化必ずしも、女は内にを意味しやしないからね。――あなたも知ってる、ほら日野、東北大学のあのひとの奥さん、もう直き立派な女弁護士ですよ」
「変てこな表現だけど」
ちょっと笑い、朝子が、
「私のは、超女性文化主義よ」
と云った。
「その奥さんの方、きっと、男の弁護士が利益の寡《すくな》い事件に冷淡だったり、自分の依頼者を勝たせるためには法網を平気でくぐったりするのに正義派的憤慨で、勉強をお始めんなったのよ。また、女が罪を犯す心理は、女に最も理解される、そこまでが女性文化じゃない? 謂わば。それなら、自分が楯にとったり、武器にしたりする法律というものはどんなものか。どんな社会がこしらえたか。社会とはどんなものか。理窟っぽいみたいだけれど、この頃、自分の職業でも、追いつめて行くと、何だかそこまで行っちまうのよ」
「――つまり我等如何に生くべきか、
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