けたり、ゆっくり歩いたりして往来を行った。
 一太は玉子も売りに出た。
 玉子のときは母親のツメオが一緒であった。玉子を持って一太が転んだり、値段を間違えたりするといけないからであった。こうと思う家の前へ来ると、ちょっと手前でツメオは一太にしっかり風呂敷包みを持たせた。片方は黄色の風呂敷で、片方は赤い更紗であった。黄色い方には一つ八銭の玉子だけ、赤い方には一つ六銭の玉子が籾《もみ》の中に入っていた。やつれた顔じゅうにただ二つの眼と蒼黒い大きな口だけしかないようなツメオは息子の上に屈んで、
「いいかい。間違えたり、落してわったりしちゃいけないよ」
と囁《ささや》き、一太の背中を門の中に押してやった。母親がそれは小さい声で本気に「さ、いいかい」と云うので、一太は少しこわいようになった。そして、一生懸命な心持で見知らぬ門を入って行った。
 暫くして一太が出て来ると、母親が遠くの電信柱のところに立っていて、おいでおいでをした。彼女は勇気がなかったから、自分で玉子を売らず、いつも外で幼い一太が稼いで来るのを待っているのであった。母親を見ると、特別、売れたときなど一太は思わずそっちへ駈け出しそうに
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