太、幾つですかって」
「十」
「じゃ一つ違いですね、家のは九つだから。学校は何年? 三年? 四年?」
「…………」
一太は凝っと大きい母親の眼にみられ正直に、
「学校へ行きません」
と云った。一太は変に悲しい気がするのが常であった。それは一太のその答えを聴くと人が皆、一種異様な表情をするからであった。一太は居心地わるく感じて、訊いた人の顔をみる。訊いた人は一層具合の悪い顔で言葉もなくいる。一太の母はそのとき、
「本当にお恥しくってお話申しあげも出来ないんですよ。震災のときこれの親父に死なれましてからってもの、もう手も足も出なくなっちゃいましてね」
と、徐《おもむ》ろに永い、いつになっても限りのない貧の託《かこ》ち話を始める。帰るとき、一太と母は幾らかの金の包みと、そう古くない運動シャツなどを貰った。
秋の薄曇った或る日、一太は茶色に塗った長椅子の端に腰かけ、ぼんやり脚をぶらぶらやっていた。一太の傍に母親がいて向うの別な椅子にもう一人よその人がいる。一太と母とは、稼ぎの一つである訪問に来ているのであった。薄暗い部屋の中に、何一つ一太の面白いものはなかった。一太は決して歩いて行ってそれ
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