ル二銭買っとくれよ、おっかちゃん」
とねだった。
「…………」
「ね! 一度っきり、ね?」
「駄目だよ」
「なぜさ――おととい玉子あんだけ売ったんじゃないか」
「またそんなこという! こんな雨が三日も続けばあのお金でやっとこせじゃないか」
一太は黙り込んだ。一太は金のないという状態の不便さをよく理解していた。金がないと云われれば一太は飯さえ一膳半で我慢しなければならなかった。――
一太は口淋さを紛すため、舌を丸めて出したり、引こませたり、下目を使って赤くぽっちりと尖った自分の舌の先を見たりし始めた。母親は、縫物の手を休めず、
「ほんとにねえ」
と大きく嘆息したが、
「お父つぁんさえいてくれれば、こうまでひどい境涯にならずにいられたろうにねえ。お前だって人並みに学校へだってやれるんだのに……こうやって母子二人で食べるものを食べずに稼いだところで、この不景気じゃ綿入れ一つ着られやしない」
一太は困ったのと馴れているのとで別に返事をしなかった。
「私ほど考えれば考えるほど不運な者あありゃしない。親も同胞《きょうだい》もない身で、おまけに思いもよらないこんな貧乏するなんて……本当にお前さ
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