て仕舞った。
 激しい羽音ばかりが、苦しんで居る雄鴨の心を強く打ったのである。
 彼は、逃げ出す雌鴨を見ると、一層はげしく身をもがきながら叫んだ。
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「ああ、
 一寸待って、おい、一寸待って御呉れったら。
 ああ、あ! 待っておくれって云うのに、
 行っちまっちゃいやだよ、ああ一寸……
[#ここで字下げ終わり]
 けれ共雌鴨の姿はすぐ見えなくなって仕舞った。
 彼はもう夢中であった。
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「どうしても逃げなけりゃならない。
「どうしても生きなきゃならない。
[#ここで字下げ終わり]
と云う願望が、気違いの様に羽ばたきをさせたり、空な足掻きをさせたりした。
 白と黒の細かいだんだらの腹を、月の光りにさらしながら、頸ばかりを長く振りのばして、悲しい声に彼は叫びつづけたのである。
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「何と云う事になったのだ!
[#ここで字下げ終わり]
 彼は、自分を喰い殺して仕舞い度い程の、いまいましさと自放[#「放」に「(ママ)」の注記]自棄を感じた。
 散々叫びつづけ、鳴きつづけて喉もかれがれになると、彼はあきらめた様にだまり返って仕舞った
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