雄鴨は非常に愉快であった。
 自分のすぐ傍を、小じんまりした形の好い形を左右に揺りながら、さも嬉しそうについて来る雌鴨を、目を大きくしてながめると、一杯にこみあげて来る満足を押え切れない様に、若い雄鴨は大羽ばたきをして、笛の様に喉をならした。
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「まあ、其那声を出して……。どうしたの?
 何が其那に嬉しいの。
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 一足前に出て、しきりに泥を掘じくって居た雌鴨は、首を振りながら、喫驚《びっくり》した様にきいた。
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「何がってお前うれしいじゃないかねえ。
 まあ考えても御覧よ、虫は此那にも居るしさ、お天気はもって来いだしさ。
 その上お前まで、其那に奇麗なんだもんなあ嬉しくなくってどうするんだ。
 まあ一寸此方を向けよ、ほんとに俺りゃ気持が好い。
「そうねえ。
 ほんとに好い工合だわ。だけどそう喋らずに此れをたべて御覧なさいよ。随分美味しいわ、よーく肥ってるんだもの。
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 雌鴨は泥だらけの虫を、嘴で振り廻しながら云った。
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「有難うよほんとに美味しいね。
 けれ共考えて見りゃあ
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