私共はほんとに、運が好いんだよ。今まで何処へ行ったって食べるものには困ったことはなし、其那にこわいと云う程の目にも会わないんだからねえ。どうかこれからも、そうですみます様にだ。ほんとに運が悪いとなると、あの片目の雌鴨みたいなのさえ居るんだからなあ。
「片目のって? どんなんだって? 第一そんなのと私共一緒に居た事があったかしらん。
「ほらお前もう忘れたの? ついこないだまで一緒に居たじゃないか、あのうんと大きな体のさ! よくお前と突つきあいばっかりして居た癖に。
「ああそうそう居ましたっけねえ思い出したわ、あの慾張りなんでしょう。私大きらい彼那の!
「まあきらいでもかまいやしないけど兎に角運の悪いんだってよ、ほら! 何ぞと云っちゃあ、一度捕えられて、人の家に飼われて居た時猫に目を片輪にされて、漸々逃げ出すと今度は又食べるもんがなくって、死にかけて居る所を又他の人につかまって、今度逃げて来たのは二度目だって云ってたじゃないか。
だから逃げる事だきゃあ上手だって自慢してたっけが今度って今度はもう駄目だろうねえ。
「そうねえ何んしろ繩だもの、きっと殺されるのねえ、あれは……
だけど私あの時は、可哀そうより気味の好い方が沢山だったわ、ほんとにもう何かと云っては、
『おちび! おちび! お前さんに何が出来る、え、
って云っちゃあいじめたんだもの。
「そうだったっけかなあ。けれ共とにかく自分達が此那に幸福に暮して行けりゃ何よりだねえ。
ほんとに何て有難い事だ!
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雄鴨は小虫を一匹飲み込みながら、卵色の足を浮かせてもう一度、大きな大きな羽ばたきをして、雌鴨の小さい茶色の頭を擽った。
二羽は此上ないよろこばしさに胸をワクワクさせながら歩いた。
自分達の周囲には、不幸なものや、恐ろしい目に幾度も幾度も出喰わさなければならなかったものが、ウジャウジャ居るにもかかわらず、此の自分達は選りに選った様に、たった一度の不吉な事にも恐ろしい事にも出会う事なしに過ぎて来たのだと云うことは、どれ程深く彼等の心を感動させた事であろう。
彼は、俺は此上ないお恵みにあずかって居ると思った。彼女も、ほんとに私は運が好い何て有難い事だろうと思った。
そして、二羽は同じ様な歓喜と、同じ様な感謝に満ちて、爪立ち首を勇ましく持ちあげて、向うの杉の枝に座って被居っしゃるお月様
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