す強さ、醜き強さ。まるで理路の立たない烈しさで怒鳴るのをきくと、自分はピアノをひいて居ても指の下でなる音がちゃんときこえず、こんな喧しい調和のない雰囲気からさっさとにげ出したいとさえ思う。ある理想の下に、そこに達しようとして争うならよいけれども、徒に水かけ論で高声を発するのはたまらなし。
 ◎子を持った女のすてばちな全身的な発裂には参る。この点、生物学的にも、ヒューモラスにも考えられる。
 ○下島、皆に馬鹿にされ乍ら母の性格を理解して、寛大にして居る。――強いところのあるところなどを――。

     一九二三年八月

 福井。スーラーブを書いて居るとき。
 九月の八朔一日が来る迄、福井では午ねをする。十二時すぎから、二時頃迄。
    ○憧憬
 二時に、寺の空かんを叩くような、空虚な貧しげな鐘がなった。
 カンカンカンカン、音は次第に急調になり、せき込んで、遠くの暑い田の面、せみのなく樫の梢に淋しく反響する。
          ――○――
 盆の永代経だとて、老人、黄色のかたびらをき、かさをかぶって寺に参る。
          ――○――
 ブドー棚の下の涼み台、老人、冷酒をのみナムナムナムと低誦す。
          ――○――
 ○参って来ますわいの(女が行く)
 ○参りんなさらんけ(誘う女)
 ○おとろしい=恐しい
 ○おおけに=大きに
 ○やあ、困ったもんが出ちもうたやらと思うてようく見ると、……じゃったんだそうだ。
 ○云うことじゃないけどがあ、
 ○なっちもうた
          ――○――
 小作争議で、小作は田をかえす。
 農業は利益のすくない為、皆、金の心配ばかりする。
 維新のとき、禄をあとで払ってくれると云うので、皆、株として士分の名を買う。
 荒木もその一、苦笑すべきだ。
          ――○――
 最も金をかけず、最も早く修業を切りあげて最も早く金をとるようになったを偉いと云う。
          ――○――
 二階には、一対の六枚折屏風があった。わるく赤っぽく、光る金箔で霞を置いた仕切りの中に、近江八景がまるで風情のない田舎くさく稠密な筆で描いてある。おそらく田舎画描きの大作の一であったのだろう。
 力のかぎり画の具のかぎりと云う風に、土佐風、南画的調子こきまぜて書いてある。仮《たと》えば矢走《やば》せの帰帆を意味するのだろう、僅に白い大きな円い月とまばらにとぶ雁で夕景を偲ばせる湖面に、そばだつ山は、なだらかな、浮世絵風の山である。ところが、一つの金じきりを距てた此方の三井寺の鐘楼をのせた山は、峨々としてそびえ立つ、北清の山嶺に似て居る。
 彼女は、それを眺めて居ると何とも云えず悲惨な、苦しい心持が迫って来た。
 恐らく、彼女の母や祖母は、この屏風を一つの栄ある飾として、彼女等の一世一代の婚礼をしたのだろう。生活の無智、無感覚、頭の低さが、この屏風を見るに堪えることで代表されて居るようにも思う。

     惨酷な冗談

 A、やきのりの罐をいじって居る。
 私、吉田さん達にこの海苔ではないのを買っていらしったのでしょう。やっぱり男ね。
 A、あれ丈だったろう? 僕が三越へ買いに行ったのは。ぐずぐずして居ると、いろいろほしくなるから、さっさとかえって来た。
 私、まあ! ハハハハそうね、私の一番欲しいものがあるのは、食料品のところと、家具のところだわ、……家具のところが一番多いわね。
 A、だから、やっぱり、あれなのさ、何とか彼とか云って。
 私、――グランパだって、そうじゃあないの。
 A、僕は嘘をつかない。百合ちゃんは始めっから、うそをついて居る。
 私。……(沈黙)、暫く後
  グランパは、冗談に惨酷なことでも平気でおっしゃるわね。
(その時自分の心持は、自分ならああは云うまい。欲しいものも欲しくないものとして自分の為に、貧しいなら貧しい生活に行った者に、そんなことは云うまい。思いやりのない、ひとを Hurt することの平気な、一寸した正しさの自己満足にひたりたい、低劣な心持、いかにも彼のいやな部分が出た、と感じた。)
 後二階にあがり 此を書き乍ら
 一方云うと、Aの言葉は自分の中心をついた為、惨酷に感じたのだと考えなおした。
 自分が安のんな生活から云々と云う考えかたも滑稽に、且センチメンタルで、自分の不徹底を示して居る。
 うんと金をつかってのさばって生活したいのなら、金持の妻にでもなれ。
 平気で意義ある貧乏をするなら、平気で、書生の気でしろ。
 自分は、少しは金も持ち、謙譲の美徳を自覚しつつ、感傷性を満足させる質素さに居ようとするのだ。如何にも小心な中流人の心理。
 Aは生活にもまれ、自分をいざと云うときに守ることになれ、どん底に落ち切って居るから、或時、生活に対す
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