だろう、僅に白い大きな円い月とまばらにとぶ雁で夕景を偲ばせる湖面に、そばだつ山は、なだらかな、浮世絵風の山である。ところが、一つの金じきりを距てた此方の三井寺の鐘楼をのせた山は、峨々としてそびえ立つ、北清の山嶺に似て居る。
 彼女は、それを眺めて居ると何とも云えず悲惨な、苦しい心持が迫って来た。
 恐らく、彼女の母や祖母は、この屏風を一つの栄ある飾として、彼女等の一世一代の婚礼をしたのだろう。生活の無智、無感覚、頭の低さが、この屏風を見るに堪えることで代表されて居るようにも思う。

     惨酷な冗談

 A、やきのりの罐をいじって居る。
 私、吉田さん達にこの海苔ではないのを買っていらしったのでしょう。やっぱり男ね。
 A、あれ丈だったろう? 僕が三越へ買いに行ったのは。ぐずぐずして居ると、いろいろほしくなるから、さっさとかえって来た。
 私、まあ! ハハハハそうね、私の一番欲しいものがあるのは、食料品のところと、家具のところだわ、……家具のところが一番多いわね。
 A、だから、やっぱり、あれなのさ、何とか彼とか云って。
 私、――グランパだって、そうじゃあないの。
 A、僕は嘘をつかない。百合ちゃんは始めっから、うそをついて居る。
 私。……(沈黙)、暫く後
  グランパは、冗談に惨酷なことでも平気でおっしゃるわね。
(その時自分の心持は、自分ならああは云うまい。欲しいものも欲しくないものとして自分の為に、貧しいなら貧しい生活に行った者に、そんなことは云うまい。思いやりのない、ひとを Hurt することの平気な、一寸した正しさの自己満足にひたりたい、低劣な心持、いかにも彼のいやな部分が出た、と感じた。)
 後二階にあがり 此を書き乍ら
 一方云うと、Aの言葉は自分の中心をついた為、惨酷に感じたのだと考えなおした。
 自分が安のんな生活から云々と云う考えかたも滑稽に、且センチメンタルで、自分の不徹底を示して居る。
 うんと金をつかってのさばって生活したいのなら、金持の妻にでもなれ。
 平気で意義ある貧乏をするなら、平気で、書生の気でしろ。
 自分は、少しは金も持ち、謙譲の美徳を自覚しつつ、感傷性を満足させる質素さに居ようとするのだ。如何にも小心な中流人の心理。
 Aは生活にもまれ、自分をいざと云うときに守ることになれ、どん底に落ち切って居るから、或時、生活に対す
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