ヲざるコケット
 ○「男は、女を愛す、と平気で云う。女だって同じと思うわ、それを何故私は男の人がすきよと云えないの、云っちゃあいけないのでしょう。」
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〔欄外に〕母となる性の特質、男にある浄きものへの憧れ、女に娼婦型母型
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 二つあるように云うが、男の人の要求が大体その二つに別けられるので、女の方は、それと順応して、一方ずつの特性を強調するのではないの。
 男は一人で二つ持つ。この傾向をね。
 女は二つ持って居ても、一方をどちらか殺す――教養だの、必要だの――対手の男に応ずる本能からだの。

     彼女(私)

 はこういう女だ。
 感じが敏く、又気が弱いところもあって、会う人、つき合う人にじき影響される。(一時ほんの一時。)ああ思い、こう考え、いろいろの憧れをもつ、しかし最後にはその中から、自分に本当にしっくりしたものを選び出し、選んだと信じたら、其をやり通す強情さをもって居る。

     原あさを

 仙台かどこかの豪家の娘
 母一人、娘一人
 歌をよむ。
 ひどく小さい、掌にでものりそうな女
 男なしに生きられぬ女
 さみしさから、下らない男のところへでも写真などやる。よい人は――男は――その小ささ脆そうさなどで情慾をけされる。つよい――心も、或は慾情も――男が彼女を捕まえる。なかなか幸福にはなれず――朗々とした。石原とのいきさつも叙情的幸福。

     ×夏目漱石の墓

 アドバンテージ
 妻君
 門下
 故先生

     Сижки《シズキ》 Суми《スミ》  二十五歳

 一寸した小会社の娘
 変りものを以て任ず。
 東洋大学で同級であった男と同棲、子供、震災、京都の日活の用で、男京都に居るうち、友達にだまされて無一文、やどで、ひどいあつかい。
 製畳機を作る店の月報を出すことを、宿やの主人とその家の主とできめ、月給二人の細君連で相談して四十五円、五十五円として十円はやどに入れる。
 そのやどやを急に出され、月報の店や何かうろつき夜一時すぎ、不明の七条の一軒の家を四組でかりて居る家に住む。それから東京。
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〔欄外に〕
 不良少女的一寸才があり、金のことにかけてはひどいことも平気、茶の間からパースをとってゆく。一向平気らしい。却ってこちらが変な心持になる。つまり、余り平気なので、盗られたことも何でもないような心持――所謂、罪悪などというものから遠いような心持。
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     理屈っぽい母の会話

 ね、一寸、おばあさんにきいてごらん、そんなこと云って泣いていいもんかどうか。
 おや、この子は降りないよ、いくら降りろ降りろってっても降りないんだね。
  ○二人のしわい四十すぎの独身男と夫との散歩
 浜中、A、銀座、
 浜中、独身男らしく、洋品店などしきりにのぞく。
 Aは食物のことばかり気にかけ、そして二人とも結局は何も買わず。
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〔欄外に〕ぽつぽつ雨、浜中、帽中をいたわって大さわぎをする。
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     ラジオニュース

「松島事件」の○○氏は保釈出獄しました由、大阪電話。

     From Annette & Sylvie

 “Annette felt that, alone, she was incomplete; incomplete in mind, body and heart.”
 “She had reached the time of life, when one can live no longer without a mate.”

             ○
「檀那様、表で赤ちゃん抱いてこっちのすること見て居るの、まあ、おかしーいったら」
 細い妙に抑揚のある話しぷり。
「いたいでしょう、おじいさん、どうなすったんです」
「たくさん買っていらしったのね、おじいさん、五十銭?」
 沢山しゃべり、おじいさんおじいさんという。がその女の声には何だか愛がとぼしくうるおいがとぼしく、半分子供あつかいにしておじいさんというようなところあり。親身の孫ではないらしい。孫の嫁、そういう気あり。

     駿河台のニコライ大主教

 ○日本に五十五年も居て明治45年に死んだ。来たのはハコダテの領事館づき。その頃はこだては榎本武揚の事があった故か仙台の浪人が多く居た。一人、四国の漢学者の浪人アリ。攘夷論の熾なとき故一つ殺してやろう、その前に何というかきいてやれと会った。ニコライ、まだ来たて故日本語下手だが話して居るうちに迚も斬れず。空しくかえる。
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〔欄外に〕○丁度一八六〇年頃フナロードの始った頃。
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 こんなこと
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