○○された少年

 美貌、十六
 入院、身体不動
 看護婦さわぐ。うるさく。なめる。すいつく。
 一人、自分から勝手にひどいことをする。そこへ別のが入って来、黙って見て居たが、泣き出す。すっかり泣いてからだまって出てゆく。夜中又その(元の)女が来、二三度勝手をする。
 発熱。
 それから、まるで女がいやでたまらず。
 今二十七八、やっと女がすきになれて来たという、その心持。

     雪の札幌

 樹木についた雪、すぐ頭の上まで、積雪で高まった道路の為来るアカシアの裸の、小さいとげのある枝。家々の煙突。
 犬の引く小さい運搬用橇
 石炭をつんでゆく馬橇
 女のカクマキ姿
 空、晴れてもあの六七月頃の美しさなく、煙突から出る煤で曇って居る。
 雪をかきわけて狭くつけた道にぞろぞろ歩く人出。

     冬ごもり

 ○自由でない水
 ○石炭のすすで足袋などすぐ黒くなる部屋
 ○雪がつもり、窓をふさいだ家の裏側
 ○まるで花のない部屋

     老ミセス、バチェラー

 ○大きい猫目石のブローチ
 ○網レースに、赤くエナメルした小さい小鳥のブローチや花などをところどころにつけたビクトリア時代の流行《マトロン》のキャップ
 ○老猫のような髭
 ○蒼っぽい目
 ○指環のくいこんだ、皺のある太い節の高い指
 ○エプロン
 ○いつも編物
  水色と藤紫の調和というこのみ。
 “I am quite all right, so far I keep still.”
 ○八十一

     ミス、バチェラー

 ○五十前後。
 ○やせた、鼻と顎がコーモリのように見える婦人、
 ○赤っぽい、波のない毛をかまわない結びようにして居る。毛糸あみの灰色の着物
 ○決して笑わず、形式的に一寸口をあける。
 ○永い会話を力のある声でせず、鼻声で不明瞭に一寸
「そう、私も出かけましょう」などという位。
 不幸な old maid の典型。

     八重の心持

 ○この人が来たので八重、家のことをちっとも仕ないでよいようになった。が、其は勿論よろこびではない。老人達が自分をたよりにしてくれないことの淋しさ。しかしいざとなれば、やっぱり彼等の世話をするのは、自分だという自信。
 ○健康になったので宗教の理解も明るくなり、決して人生を楽しむまいとするのが神の教ではない、と考えて来るようになった。八九年前とは大した変化。
 ○ウタリー(同胞)中学校をたてたいと基金を集めて居る。
「これまではよそからしてくれな|し《ス》ても、ウタリーが目醒めて居なかったから駄目でした。けれども、これは我共の人[#「我共の人」に傍点]が自分から求めて来たのでしたから、きっとどうにかなりますよ。決して死にはしませんよ」
「この間ミス、コースという方がいらっしゃいましてね、貴女が彼等のためにいろいろ努力なすっても無駄でしょうと仰云いましたの。だから私ね、私は無駄でもやらずには居られないというと其ならおやりなさるもよいが、効はありますまいとはっきり云いなさるんで|す《し》もの、私悲しくてね、泣いたわ」
「私自分が斯うやって居るだけだって何にか役に立つと思うよ、斯うして居るからこそ現状が保てて居るのだとも思う」
 ミス、何とかいうアメリカのドクトル血液検査に来た由、八重案内しろと云わる。其那こといやだというのを、バチェラーは、道庁や佐藤博士の御厄介になって居るからことわれず、八重電報で呼ばれ、かえって入るともうその人が来て居る。
 目的や何か伺わないうちはいや
 通弁だけはするが人が出て来るかどうか判らない。
 然し行くと、日雇一円五十銭ずつ出されるので、ひどいのがうんと来る。
 ミス某きたながり
「世界中で一番弱い民族だ」と云う。八重
「貴女、私たちの人の愧しいところを御覧になったのだから、必要以外のことは黙って居て下さいね」
「No, I can't 漠大な費用を出して貰って来て居るのだから、私の見たところ、皆云わずには居られません」
「本当に愧しい恥をさらしに行ったのですよ」

 八重、バザーの為に、一年一生懸命にいろいろの沢山の縫をして、徳川などの手でバザーをする。その時イブリ アイヌが上京
「私のお友達がね、わざと、『あすこに居るのがアイヌですか』ときいたら
『ええあれが北海道で、木の根や草の根を掘ってたべて居るアイヌという気の毒な人たちです』と云ったんですって。だから、私行かないでよかったよ」
 バチェラーの仕事が充分でなく名に実がそわないのを八重は、親身で遺憾に思って居る。
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〔欄外に〕
 八重のものの考え方
 一、アイヌの女! とさげすまれまい努力
 一、高貴な人というものに対する原始的な崇敬
 一、熱情的愛ウタリー
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