石はない。胆嚢炎らしいです
いよいよ病名がわかった。が、若い医者が好意的に話してくれたので、主治医は何にも説明しない。「よらしむべし」という風だ。
○夜、始めて独りで横わり非常に安静だ。然し 室にはまだファイエルマンの臥て居た寝台がある。静かな夜の中で、そこから彼女の寝息が聴えて来るような気がした。
この自覚から林町の家のことを偲い出し、憂鬱を感じた。さぞ 家じゅうに英男の若々しき二十一歳の息、跫音、笑声ののこりが漂って居ることであろう。そこに住む。やさしくないことだ。
○日
Gが来た。
――窓のそと どんな景色? 私、まだ知らないのよ
――云ったげましょう、樹が三本、隣の建物
――それっきり?
――それっきり。
「知られざる日本」という自著をくれた。紺と黄との配色。自動車、蓑笠の人物、工場の煙突、それらの上空には飛行機のとんで居る模様だ。日本東京の或ものを捕えて居る。
月曜
ニャーニカが二人で私のシーツをとりかえ乍らの話。
――この毛布二十四|留《ルーブル》したんだって
――十六留でいい厚いのがあるよ
――だってアレキサンドラ・――カヤがそう云ったもの
――十留位足駄はいて云ってるんだろう、あのひとそういうことがすきだ
アレクサンドラ云々というはここの女監督だ
それからターニャが私に着せる麻の上衣をふるい乍ら
――此那のにいくら出すんだろう
そこで私が云った。
――三十留
――二十七留 足駄はいて?
みんなで笑った。
私の白いものすべて枕かけにも 寝間着にも8という番号が書いてある。即ち私はユリコ チュージョーではなくてただの8なのだ。
○入院した第一夜 夜十二時まで眠ったがあと眼がさめ、どうしても寝つづけることが出来なかった。
隣の床で同室患者が寝息をたてて居る。
口がかわく。手をのばして椅子の上においてあるミカンをとり、汁を吸う。五分もすると又干く。今度は鉱泉をのむ。暗い室内から、扉の上の硝子をとおして廊下の天井が燈を反射して居るのが見える。反射する明りは 私の顔に届くほどきつくはない。森とした夜中だ。
暫くすると、どこかで病人が呻り出した。声の見当は廊下を越して左側の室から洩れる。
重い病人の苦しむ時刻というものは大抵定って居る。午前一時二時三時。地球の引力の関係。家《や》のむねが三寸下るうしの刻。アンドレーフの小説に深
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