が現れました。その根本は日本の民主化の課題が、現実にどう進展しつつあるかということと、きっちり結ばれているわけです。先ほど中野重治さんが「反動文学との闘争」に関する報告の中で、たいへんわかりよく概括していられたように、日本の民主化はけっしてすらすら行われておりません。良心的に行われていません。正直にも行われていません。政府は自身の権力を保持したいために、私ども日本人すべてが持っている新しいいろいろの可能性へのきりかえを、非常に嫌っています。それはこんどの憲法を見てもよくわかることですけれども、ああいう「主権在民」の中途はんぱな扱いかたは、私どもが民主を求めて生きている感情に直接影響してきています。
 民主主義憲法といいながら、政府は五月一日にそれが実効を発生することを避けました。しかも、今年の五月一日は私たちすべてにとってどういう日であったでしょう。あの日に私どもが感じた感情というものこそ、今日日本の民主的な動きかたの感情のある一つのはっきりした現れであったということが認められます。それだのに政府は五月一日に実効を発するのは嫌だと、十一月三日に発布しました。(十一月三日は、明治以来天皇
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