口をあけ、数枚の写真をとり出した。手札形の大さで、髪にコテをあてた派手な若い女の写真などがある中から一枚ぬき出して、
「これを知っているでしょう」
と、こっち向きにして見せた。大島らしい対の和服で、庭木の前に腕組みをして立っている三十前後の男の七分身である。色白で、おとなしい髭《ひげ》が鼻の下にある。――
「――誰です?」
「知ってるでしょう」ニヤニヤしている。
「知らない」
「そんな筈はない」
「だって、知らないものは仕方がありませんよ」
「――知らないかナ。蔵原ですよ」
わたしは我知らず顔を近づけ、さらに手にとりあげてその写真を見た。洋服姿の古い写真をいつか見た覚えはあるが、こんなのは初めてであり、本物かどうかさえよく分らない。写真の裏をかえして見たら、白いところに蔵原惟人、当年三十二歳と書いてある。
「つかまったんですか?」
「あんなに新聞にデカデカ書き立てたじゃないですか」
「新聞なんか見せないから分らない。――見せて下さいな、それを」
「見せてもいいですが」
そういうぎりである。特高は椅子から立とうともせず、モスクワで会っているだろうなどといった。それにしても、一体この蔵
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