を話した。作家同盟の事務所できいて来たのだそうだ。
「原泉子は知っているだろうか?」
とわたしがきいた。中野の妻は左翼劇場の女優として働いているのである。
「さあ、どうだろ、まだ知らないんでないか」
小林が特徴のある目つきと言葉つきとで云った。
「電話をかけてやるといいな」
わたしは駒込病院前の、背後から店々の灯かげをうける自働電話で築地小劇場を呼んだ。原泉子はすぐ電話口へ出てきた。てきぱきとした調子で、
「知ってます。××さんの細君が知らしに来てくれた」
と云った。
「今夜、あたし十一時すぎでなくちゃ帰れないんです」
何のために、どの位の予定で中野重治が引致されたのか、それは原泉子にも不明であるらしかった。わたしは電話をきり、動坂の中途で紙袋に入れた飴玉とバットを買って戻った。小林多喜二は元気にしゃべって十時すぎ帰りがけに、玄関の格子の外へ立ったまま、内から彼を見送っているわれわれに向い、
「どうだね、こんな風は」
と、ちょっと肱を張るようなかっこうをして見せた。彼は中折帽子をかぶり、小柄な着流しで、風呂敷包みを下げている。宮本が、
「なかなかいいよ。非常に村役場の書記めいてい
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