たった。「トラム」の歌もうたった。初め一つの歌を大きい声で揃って歌ったら、外は雪の夜だのに温くなっていい心持になって、もう一つ、もう一つと歌った。しまいに暑がって×子が立って窓をあけた。
その夜十一時すぎの上りで自分は東京へ向った。新宿へ降りたのは省電の初発が出てまだ間のない早朝であった。駅のプラットフォームのまだどこやら寒く重たい軒のかなたに東雲《しののめ》が見えた。東京の夜があけて間もないらしいボロ円タクで走っているうちにだんだん家が気になりだした。角の交番を曲ったところから五十銭だまを握っていて止るとすぐ降り、家までの横丁をいそいで歩いて玄関をあけようとしたら閉っている。戸があいてまだ寝間着《ねまき》の家のものの顔が出るとすぐ訊いた。
「宮本さんは?」
「いらっしゃいます」
それで安心して、のろのろ顔を洗っているところへ宮本が降りて来た。
「どうだった?」
「よかったわ、行って……」
暫く黙っていて、彼はやがて、
「――よく帰って来たね」
と云った。
日本プロレタリア作家同盟は三月十五・六・七と三日間にわたって第五回大会を開くことになっていた。常任中央委員会から出される報
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