原の写真は、どこでどんな時撮ったものだろう。わたしはもう一遍その写真を見直しながら、
「この写真、どこでとったんですか」と訊いた。
「捕まると直ぐとったんだ」
「うちで?」
特高は曖昧に合点のようなことをした。彼らが同志たちをその家へ捕えに行くとき、あらゆる武器をもってゆくことは聞いているが、写真班を同伴していったという話は、ついぞ聞かない。
警察で写真をとられる。そうだとするとこの蔵原の写真の背景は妙だと思った。閑静そうな庭の様子が納得出来ない。どうして庭らしいところでとった写真があるのだろう? みているうちに疑はますます深くなり、口の中が渋いような、いやな心持になってきた。誰が、いつ、この写真をとった? 蔵原は果してこの写真がこんなところにあることを知っているだろうか。留置場へ戻されがけに特高は後について段階子《だんばしご》を下りて来ながら、
「着物をきましたね、その方がいい。長くなるから」
といった。わたしには見当のつかないその東という学生のためだということだ。印袢纏をきてゴム長をはいた弁当屋の若衆が、狭い段階子の中途で立って待っている。そこのところに「階段の昇降は静粛にすべし。司法室」と書いた貼紙が、角のめくれたところに塵をかぶってはりつけられている。
底本:「宮本百合子全集 第四巻」新日本出版社
1979(昭和54)年9月20日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第5刷発行
底本の親本:「宮本百合子全集 第四巻」河出書房
1951(昭和26)年12月発行
初出:「改造」改造社(はじめの約15枚分)
1932(昭和7)年8月号
「プロレタリア文学」(残りを追加して再掲)
1933(昭和8)年1〜2月号
入力:柴田卓治
校正:松永正敏
2002年4月22日作成
青空文庫作成ファイル:
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