で、垢光りのするゴザが三枚しいてある。鈍い電燈の光を前髪にうけ、悄然として若い女給らしい女のひとが袖をかき合わせてその中に坐っていた。ここへわたしも入れられ、向い合って坐った。三方の壁は板張りである。天井を見上げると薄青いペンキ塗だが、何百人もの人間が汗と膏《あぶら》とをこすりつけた頭の当る部分、背中でよりかかる高さのところだけ、ぐるっと穢《よご》れて、黒くなっている。女給らしいひとは、わたしの様子をそれとなく見ていたが、しばらくして、
「冷えますわねえ。……私おなかが痛くて」
と堅く冷たいゴザの上で体を折りまげた。
 八時になると留置場の寝仕度がはじまった。留置場独特の臭気を一層つよく放つ敷布団一枚、かけ布団一枚。枕というものはない。廊下についている戸棚から各監房へ布団を運び入れるところをみていると、女の方はどうやら一組ずつあるが、男の方は一房について敷が四枚、かけ四枚。それに十人近い人数が寝るのだった。
「旦那。今夜もう一枚ずつ入れさせて下さい。お願いします。冷えると夜中に小便が出たくなってやり切れないんです」
 切れた裾が襤褸《ぼろ》になって下っている絹物の縞袷を着た与太者らしい目のギロリと大きい男が、そういって小腰をかがめ、看守の返事を待たずさっさと布団を出している。卑屈な要領のよさというようなものが、その男の挙止を貫いている。わたしは、監房の戸にくっついて立ち、そこに張ってある目の細かい金網をとおして、二尺とはなれぬ廊下での光景を見ているのだ。九時になり、十時になり、十一時頃になるまで、ガラガラと留置場の入口があく毎に、わたしは臭い布団の上におきなおり、誰が入って来るかと廊下の方をみた。宮本が、もし今夜家へ帰るとすれば、九時頃帰るといった。留置場の戸が開くと、万一と、思わず頭がはね上るのであった。
 ぐっすりと一息に眠った。午前五時頃に目が醒めた時は、もう隣の房、その隣の房でも起き仕度をしている。まだ夜はあけきらず、暗い。巡ぐり戸棚に布団をしまい、洗顔にとりかかる。
 監房の外の一間幅に四間の板廊下の右端にトタン張の流しがあり、そこに水道の蛇口が一つ出ている。半分にきった短い手拭はその横の板壁に並べてかけてある。石鹸はつかわせない。歯ブラシもつかわせない。水で顔をぶるんとするのであるが、二つあるトタンの洗面器は床にかける雑巾を濯ぐのと共同である。その床は留
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