一つの感想
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)所謂《いわゆる》
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)とったり[#「とったり」に傍点]がいる芝居の伝統と、
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大体私は芝居の方へは御無沙汰がちで、素人としても大素人の方ですが、先だって久しぶりに「群盗」と「昆虫記」を観て、非常にいろいろ感銘を受けました。たくさんの疑問を感じました。前後して、『テアトロ』一月号の「演技批評への不満を訊く」座談会の記事を読んで、これからもうけるものがありました。
この座談会では、俳優の側から見て今日の演劇批評が与えるものを持っていないということが主として言われているようです。一人の読者として、この座談会の記事から受ける印象は特別なものがありました。それは語っている人々の感情も、語られている事柄、場面の対象もある一定の枠の中のことに終始していて、今日のテムポ早い社会的現実、演劇的現実の広い外の動きと活溌に喰いあい、流動的に積極的に交渉するものが欠けているのに語っている人々にはその点が溌溂と感覚されていないことから来るある狭さの雰囲気です。
批評が一定の立場に立ってものを言っているだけでは俳優としては得るところが少いと座談会で言われているのですが、批評のそういう型と、この座談会が雰囲気としてわれわれに印象づけるある特定なものとの間には相互的に関係しているものがないでしょうか。
永田靖氏は幕の内の連中の批評は聞くが、一般の批評を聞いて取り組むという気がないと率直に語っておられます。また、滝沢氏が、夜を徹して芸談をするのは真に批評に対し困難を感じ、もがいているからだと言っておられます。永田氏は、僕等の芝居の批評は僕等と同じ世界観を持ち、環境をも持っているものにしてもらいたいと言われています。これらの言葉は、それぞれの必然性から言われているのでしょうし、従来の所謂《いわゆる》劇評家がしきたりの上に立ってする新聞批評や、一定の立場だけを押出して芝居としての具体的な性質、芸術的効果に対して敏感な批評が、俳優の発育のためにも役立たず、心に触れる点を含んでいないことは察せられます。滝沢氏は批評の貧困を熱心に語っておられ、現在では批評家よりも演技者、演出家が語っている言葉の方が生き生きしていると、ある時期のプロレタリア作家の間に生じた批評に対する意見に類似した意見を語っていられる。興味あることは、その滝沢氏にしろ、その生き生きとした言葉というものを具体的に座談会の席上で求められると、われわれには分っているのだが、今ここで概括的に言えるものじゃないと、読者にはもの足りない一種の主観的な態度で言わざるを得ない事情です。
俳優が一つの役を客観的な芸術の価値として創造して行く困難さは容易なものではない、そのことは実に理解されます。一つの端役でさえ、真面目な俳優は一度より二度目の時と、役柄のつかみ方、端役としての必然性の理解の点で成長してゆきます。そういう苦心を感じることの出来ない一面的な批評を、座談会では、望ましくないものと批評されています。これも尤もであると思います。しかし、同じ座談会でシュワイツァの死に方についての批評が話題になった時、宇野重吉氏はそれに対し、ああいうことは前から言われていた、あれ分ってるよ、いろいろ新手を考えているうちにお終いになったと感想を述べています。演技の独自性の評価が強く求められているこの座談会として、そういう問題があの程度の、謂わばむこう意気で過ぎていることが私の注目をひいた次第です。
芸といえば、素朴な印象にこだわるようであるけれども、「群盗」の初日に滝沢氏の演じられた弟の独白の場面で、舞台の一隅に置かれた枝蝋燭立てから一本の燃えているローソクが舞台の上に落ちました。そこは貴族の室内である。弟は陰険奸悪な陰謀者である。彼は一人で室内を行きつ戻りつしながら、古典劇らしく自身の悪計を独白しているのですが、例の舞台の上に落っこって目の前で燃えているローソクには全く目もくれない。その前まで行って足でさわりそうになって、しかもそのローソクを拾おうとしない。観客の目は自然燃えているローソクにとらわれ、どうなることだろうという心配がある。これは素人の見方かもしれないが、もし、滝沢氏が弟の性格を十分人間的につかまえていて、舞台に芸術として生きたリアリティを感じて動いているのであったならばおそらく科白《せりふ》の間にあの人物らしい身のこなしで燃えるローソクを拾い上げ、それを消し、科白の間、身ぶりの間にもとの枝蝋燭立てへ戻し得たのではなかったろうか。ローソクは幕になる迄舞台の上で燃えっぱなしでした。初日でゆとりがなかったといえばそれまででしょうが、私は一人の見物として観ていて、新協
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