で出版されたマルグリット・オードウの「孤児マリー」という独特な小説があった。この小説の作家、マルグリットはパリのつつましい一人の裁縫師であった。裁縫工場に勤めて働いている裁縫女工ではなくて、個人から小さい註文を受け取って働くお針さんであった。
 孤児として修道院で育てられたマルグリットは、農家の家畜番をする娘として働き、やがてパリに来て初めは裁縫工場に働き、やがてお針さんをしているうちに眼が悪くなり、だんだん手さぐりで縫うよりしかたがないようになった。長い間本をよむことや書くことが好きであったためマルグリットは遂にお針を止めて書くようになり、そして「孤児マリー」と「町から風車場へ」など、フランスの婦人作家に珍しい純朴な美しい作品をかいた。
 このように、孤児のお針さんであった人が、小説も書くようになったということにはフランスの社会のどこにかある民衆の文化性の高さ、ゆたかさが思われる。マルグリットの文学の真似のしようのない美しさ純粋さは、視力を失うほど生活とたたかい、その苦しい生活の中にも理想をもって人間らしく生きようとした思いの凝固《こりかたま》ったものとして作品の中に溢れている。
 
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