とに紡ぎ、織り、染め、そして縫って来たのだろう。今日こそ私たちは、はっきり自分に向ってこのことを質ねるべきだと思う。何故なら、今日の発達した資本主義の国の生産の中でも紡織、裁縫の中で最も苦労しなければならないのは、婦人たちであるのだから。紡織は、イギリスで蒸気の力で紡績機械を運転することを発見して産業革命があって後、繊維産業というものが世界中ですっかり変ってしまった。
今日の紡績工場は耳が聾になるほどうるさい。何千という錘《つむ》が絶え間なく廻っている。そこに十四五から、七八くらいの娘さんが一人か二人で働いている。平均一日五里以上を歩く。そこに働いている若い少女労働者は、殆んどみんな国民学校を出ただけの娘さんである。紡績業は明治の初め日本の資本主義発展の基礎になって、少女の安い労働でもって作った紡績生産量を、世界市場へ最も安く売り出し、イギリスのように紡績業が発達していると同時に一般の社会生活が進んでいて労働賃金の高いところの生産品と競争した。近代日本の資本主義は実に少女労働者の血と汗との上に立てられた。
明治維新は本当のブルジョア革命でなく、昔の殿様である封建領主、下級武士たちの権力に未熟な産業資本が結合したもので、土地小作の関係は実に古い封建制度のままもちこされた。そのために日本の農村の貧困は甚しく農家から貧乏のために一年幾ら、二年幾らと前借金して工場に集められた小さな娘たちの生き血が搾られた。そして工場に二年ぐらい働いていると悪い労働条件のために肺病となるものの率が多く、その娘たちは田舎の家へかえって不幸のうちに死んでしまう。工場ではそれに対して責任を負わない。工場の衛生問題、早期発見などということは関心をもたれなかった。紡績工場の生活がその労働や懲罰の方法、寄宿舎生活の内容において、どんなに非人道なものであったかということは、「日本の紡績女工のひどさは実に言語道断です」と、明治四十年代に、桑田熊蔵工学博士が議会でアッピールして満場水をうったようになった、と記録されているのをみても分る。また細井和喜蔵の「女工哀史」は日本の悲劇的記録である。第一次ヨーロッパ大戦後に出来た国際連盟の世界労働問題の専門部では、日本の労働者のおかれている条件は全く植民地労働の条件だと定義された。つまり世界労働賃金平均の半分から、三分の一の賃金で日本の労働者は働いていた。しかもその世界的にみると植民地的労働賃金である男子労働賃金に対して女はさらにその三分の一から半分で働かされた。今だって決してすべての婦人労働者の賃金は男と同じにはなっていない。日本の紡績女工の賃金の低さは世界の注目をひいているわけであった。
昔の日本では大抵田舎のお婆さんが綿を紡いで自分で染めて織って家内の必要はみたしていた。ところが紡績が発達して一反五十銭、八十銭で買えるような時代になると、農家の人々は、どうしてもそういう反物を買うようになった。貧乏のために娘を吉原に売るよりはまだ女工の方が人間なみの扱いと思って紡績工場に娘をやって、その娘は若い命を減しながら織った物が、まわりまわってその人たちの親の財布から乏しい現金をひき出してゆくという循環がはじまった。日本の農村生活は封建と資本主義生産と二重の重荷を負って生きて来たことは、この簡単な堂々めぐりを観察しただけでも十分にわかると思う。
今日衣服、服装の問題は社会的な問題で、決してただ個人の趣味だけのことではなくなった。ただひとこと「おしゃれをしている」といわれる人のおしゃれを、はっきり開いた眼でみれば、その女の人の生活の裏がこのインフレーション地獄の下でどうやりくりされているか見えるようなおしゃれもある。
ここで、誰のために何を縫うのかという質問は、もっと身に迫って、私たちは、どういうものを自分で着られるような社会にしようとしているのかということが問題になってくる。近代の資本主義の社会で裁縫は一つの職業になった。アメリカなどでも労働者の比率から見ると被服工場に働いている婦人労働者が第一位を占めている。アメリカの能率のよい生産行程では、一つの型紙でもって電気鋏で一度に数百枚の切れ地を切って電気ミシンで縫う。
特に裁縫ではいろいろ細工がある。衣料関係の労働は、こういう大量の既製品製作ばかりではない。金モール細工をする人、刺繍をする人、さけた布地をつぐ専門家、大体それは女の仕事であった。或は、立って働くには不便な不具の男の仕事とされた。アンデルセンの「絵のない絵本」の一番初めの話は、高い屋根裏の部屋で朝から晩までモール刺繍をして暮している娘の窓に月が毎晩訪れて、お話をして聴かせるという話だったと思う。都会の屋根うらのそういうふうな娘の人生を、アンデルセンは悲しい同情をもって理解した。
またこんどの大戦前に堀口大学氏の訳
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