たのも悉く偶然です。見るとどうもただものでない。下等な婆さんが戸口の腰架で豆か何かむいているのに出させて見ると、全く驚きました。いい塩梅に巴里を出る少し前或る有名な蒐集家の所蔵品を見ていたので大体の見当はついたわけなのです。が、さて価を訊く段になるとね。ハハハ」
高畠子爵は、思い出しても愉快そうに笑いながら、彼として稀しい多弁で話しつづけた。
「あの心持は今考えてもおかしい。出さきだから持ち合わせはすっかりはたいても高が知れているのですからな。実にこわごわ訊いた訳です」
「いやその心持はよくわかります。欲しいは欲しいが、さて、というところ。然しあれも一寸いいものです、ふうむ、それで?」
日下部太郎は、先刻から熱心に皿を見なおしながら合槌を打った。
「訊いて却って反対の意味に驚いた。婆さんは私の風体を頻りに見上げ見下しして余程吹いた積りらしいのだが、それがまるで嘘のような価なのです。私は単位の違いかと思って念を押す。婆さんは高価すぎるというのかと思ったと見え、まるで私には通じない南方訛りで夢中に説明するのである。たった一つの店の飾だとか、美しい、珍らしい美術品という位の単語が私にわかる総てだ。私はまた誰かもっと確りした男でも帰って来て、いやその価では渡せぬとでも云われたら事だ、というだけの金を払ってさっさと抱えて来てしまったのだが」
子爵は湧き上る微笑を禁じ得ず、手入のよい短い髭を動かした。
「婆さんは、ただ紅くキラキラするから奇麗だ位に思っていたのでしょう。……巴里で二三の人に見て貰ったが、幸い贋物ではなかったようです」
この時、日下部太郎は皿を見ている眼の裡に困ったような淋しい光を宿した。長い子爵の話の間、一層詳しく釉薬や図案やを調べた彼は、子爵が楽天的な結論を下した丁度その時、心の裡でそれとは全然逆な推断を持ったのであった。彼には一見真物に紛うこのグーッビョーの皿が、どうも贋物らしく考えられて仕方なくなって来たのであった。
話のうちに、日下部太郎の記憶にはありありとヴィクトリア・アルバアト美術館で見たジョルジョの円皿にも、殆どこれと同じ模様がついていた事実が甦って来た。ジョルジョ程の名工が一生に同趣向の作を二つも遺すことがあり得るだろうか。疑なく図案は警抜といえた。或はジョルジョ自身ひどくこの作を愛し、身辺に置いて眺めようと更に一つを作ったのであろうか
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