は平凡だが、この暗紅色マジョリカは、中央に濃い強い藍色で長めな心臓形を持っていた。その心臓形の中に僧の胸像は描かれているのだが、峻厳な茶色でくまどられた鷲鼻の隠者の剃った丸い頭の輪廓とその後にかかっている円光のやや薄平たい線とが、不思議に全体円い皿の形と調和を保ち、勁く効果多く藍色の心臓形を活かしているのだ。その囲りに軟く力をこめてうねうねしている唐草模様、あしらわれた二つの仮面も彼に初対面とは感じられなかった。幾年か前夢で見たそのままの姿が今はっきり現れて来たような気がするのであった。
皿に手が粘りついて離れないとでもいうように、見なおし見なおししているうちに、日下部太郎は突然啓示のようにM・S・という頭文字を持った陶工の名を思い出した。
Maestro Giorgio Gubbio
「グーッビョー! グーッビョーのジョルジョ!」
二つの文字を見たような気がした筈だ。二十年前、彼がヴィクトリア・アルバアト美術館の特別陳列室で、その前に佇んだぎり文字通り低徊去ることを得なかった素晴らしい数点の作者こそこのグーッビョーのジョルジョではなかったか。日下部太郎の老眼鏡をかけた顔には、歓喜と追想とがごっちゃになって照り輝いた。彼は皿を置き、情に迫った声で云った。
「思いがけないものを拝見した。失礼ながらこれ程のものがお手元にあろうとは思いませんでした」
彼はカフスの奥から純白な麻の手巾を出した。そして、眼鏡を脱し広い額やうるんだ眼を一どきに拭き廻した。
高畠子爵は充分の満足を湛えた落付きで日下部の傍に立ち、しっとりと重い袂をゆすって葉巻の灰を落した。
「それ程に買って貰えれば私も大満悦です。――これには一つ插話があるのでね」
子爵は皿についていたあるかないかの塵を指先でとった。
「日本にはまだ真物のマジョリカ、まして、ジョルジョの作なんか恐らく一点も来ていますまい。ざらな商人の手に負えないからでしょうな。これは一昨年|巴里《パリ》に行った時、羅馬《ローマ》まで遠征して掘り出して来たのです。
ほら、あのサン・ピイエトロからずうっと右よりに行った処にある万神殿《パンシーオン》ね、あの横通りをぶらぶら歩いているうちにふと穢い婆さん一人で店番している処で見付けたのです。――勿論羅馬に行ったのも、その蠅の糞だらけの飾窓に怪しげなマリアの木像と並んでいる皿が目に止っ
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