藁を打ちながら、頭を動して笑い、
「ウウウウウ」
と挨拶した。ぬいは、まるで困った気持でお辞儀をしながら赧くなった。ぬいは、口の利ける者とばかりつき合うのに馴れているので、清二のように評判の悧巧者で、あんなに髪を分けた立派な成人《おとな》の男で、而も唖の人に、どんな風にしていいのかいつも困るのであった。
清二のおふくろが、ちょいちょい指で手真似をしながら、ぬいの用向きを伝えた。清二は、眼で、この子の家《うち》か? と訊きながらぬいを指さした。ぬいは力を入れて頷いた。清二は、頬ぺたの瘠せた笑顔で手つきをした。
「もう直ぐこの仕事がすむから、そしたら行きますとよ」
「じゃあ、どうぞ」
ぬいは、ぱたぱた杉垣をかけ出し、野道ではゆっくり歩きながら、清二が一緒に来なくてよかったと思った。ぬいは、彼がこの春、草履屋から逃げて来たときの話を聞いた時から、しんでは深く彼に同情していた。清二は、草履屋の主人が人並の賃銭を自分だけに決して払ってくれない上、何か悪い病気持ちの朋輩と一つ床に寝なければならないのがいやでとうとう帰って来たのに、口が利けないからよくその気持が通らず、ただの我儘と思われ二度も親爺に引っぱられてもとの店に戻された。三度目に、彼が涙をこぼして頼んだのでやっと家にいていいことになった。ぬいは、口が利けないだけで彼はどんなに苦労しているのかと思うと、会った時、一度はちょいと、
「ほんとうにお気の毒だと思ってよ」
と云わずには気のすまない心持がした。唖は耳がきこえないから、ぬいが知っているただ一つの方法――言葉で喋ること――では、ただ一つの告げたいことさえ告げることが出来ない。
いろいろそういう気持だのに、半町のところでも黙りこくって清二と家まで歩いて来なければならなかったら、どんなに工合わるかっただろう。
十五分ばかり経つと、清二が、太い羽二重の兵児帯をしめてやって来た。
「ア、ウ、ウ」
彼は、炉の横に坐って挨拶した。
母親は、やはりわからないくらいにだが当惑した風で、普通の人に云うように、
「ええお天気でござります」
と云いながら、茶を注いで出した。清二は、それを飲むと、直ぐ下してねかしてある柱時計を指さした。母親はいそいで合点した。清二は、節の高い指で裏蓋をあけ、複雑な機械のあちらこちらを試していたが、ぬいと母親と二人の方を見ながら、何かを掌にあけ、頭を
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