或日
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)紐育《ニューヨーク》

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(例)※[#「足+宛」、第3水準1−92−36]き
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 奇妙な夢を見た。女学校の裁縫の教室と思われる広い部屋で、自分は多勢の友達と一緒にがやがやし乍ら、何か縫って居る。先生は、実際の女学校生活の間、所謂虫がすかなかったのだろう、何かとなく神経的に自分に辛く当った音楽の先生である。自分の縫ったものについて頻りに小言を云われる。夢の中にあり乍ら、私は、十七の生徒で真個に意地悪を云われた時と同様の苦しい胸の迫る心持になった。すると、突然、今まで居るとも思えなかった一人の友達が、多勢の中から突立ち、どうしたことか、まるでまる真赤な洋服を着て、非常に露骨な強い言葉でその先生の不公平を罵倒し始めた。始めのうちは、条理が立って居たのが次第に怪しくなって、仕舞いには、何を云おうとするのか、文句が断れぎれで、訳のわからないことを口走るようになった。
 赤い洋服を着た小さい人は、気が違って仕舞ったのだ。
 場面は病院のような処となり、学校の二階のようなところと成ったり、夢特有の唐突さで変るが、どうかして自分はひどくその気の狂った人に深い愛を覚えて居る。先方もそうであるらしい。ところが、二人で二階へ昇る廊下口のような処に居ると、其処へ、一人男の人が出て来た。私の心覚えのある姓名の人であった。
 洋服を着、何心なく来かかるその男を見ると、赤い着物の気の違った女の子は、いきなり腕をからみ合って居た私を突のけて、男の方へかけて行った。そして、手を執り、首をかしげて、頻りに何か頼んで居る。何処へ行くのか知らないが
「彼方へ行きましょう、ね、行きましょうよ」
と云い乍ら、驚き、不機嫌な男の手を、ぐんぐんと引張って居るのである。
 相手は、暫く呆然とされるままになって居たが、やがてはっきり
「いやです」
と云った。それでも、気の違って居る人は承知しない。猶も執念くつきまとう。終に、男は実に断然たる口調で、
「厭だと云ったらいやです」
と云いさま、手を振もぎって、殆ど馳るように、階子段とは逆の方に歩き出した。
 赤い着物を着た娘は、血相をかえて後を追い出した。追われると心付いて、男は洋袴にはまった脚を目まぐるしく動かして逃げる。後から娘は
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