じ愁わしげな眼差しでその青い布を見た。そして丁寧に腰をかがめて礼を云った。
「有難うございます。一寸の間でございますのに此那にまで……」
 さほ子は、懸命な声で、
「いいえ、いいえ。其どころじゃあないわ」
と打ち消した。
 そして、生えぎわの美しい千代の下げた頸筋を苦しそうに見下しながら、いたたまれないように何遍も何遍も、落ちていもしない髪をかきあげた。
 千代は、その午後のうちに、来た時通り藤色の包みを一つ持ったきりで彼等の家を去った。彼女が出て行った後をしめ、樹の間に遠のく姿を暫く見ていたさほ子は、今にも涙を出しそうに、うるんだ眼をして良人の処に来た。揺椅子で日向ぼっこをしていた彼は、
「有難う、有難う」
と云いながら、彼女の片手を執って敲《たた》いた。
「御苦労様。これでれんが来れば申し分はない。――いいお正月を迎えよう、ね?」
「いや!」
 彼女は睫毛まで光る涙をあふれさせ、良人の手を離した。
「貴方は本当のエゴイストよ。御存じ? 私又れんに迄云い訳しなけりゃあならないなんて……。もう沢山よ。あんなこと」
 彼は、ちらりとさほ子を見上げ、やれやれと云う風に頭を振った。そして、脚
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