てかけながらとぎれとぎれに高い声で云う。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
ペーン もう何も云わない、もう何もしない! かけるのをやめてお呉れ、どうぞシリンクス! 美くしい……、アア――
[#ここから4字下げ]
ペーンも追いながら叫ぶ。
シリンクスの速力はだんだんにぶくなって、
恥かしいんでございますワ。
と叫ぶ声も細くなる。も一寸でペーンがおいつく様になる。小川の岸に来てしまった。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
精女 恥かしいんでございますワ!
ペーン シリンクス、美くしい!
[#ここから4字下げ]
精女は水煙をたてて川に飛び込む。小さな泡が二つ葦の根にうく。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
ペーン オオオ、シリンクス、お前は!
[#ここから4字下げ]
しぼる様な細い声で云う。まわりの葦にひびいて夢の歎きの様な好い音を出す。ペーンはそれをジッとききながら、
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
ペーン アア、あの響が……シリンクスの姿に似た響があの美くしさのせめてもの形見になるのだ。一生死ぬまでこの響を聞いて居なくっちゃ私はあの美くしかった精女にすまない……
[#ここから4字下げ]
ペーンは葦を切ってつたでからげてその先に唇をあてて響を出す。
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
ペーン あああのシリンクスの心が音にささやく、あの精女の姿がうき出して来る、――シリンクスの笛――それでいい、私のシリンクスを思ったほどに……あの美くしい姿は美くしい響になって残ってしまった!
[#ここから4字下げ]
夢の様な、歎く様な細い声に川辺にすわったまんま吹きならす。
[#ここで字下げ終わり]
[#地から1字上げ]幕。
底本:「宮本百合子全集 第二十八巻」新日本出版社
1981(昭和56)年11月25日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第6刷発行
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2009年10月14日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたった
前へ
次へ
全13ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング